歌は世につれ世は歌につれ

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「また逢う日まで」という記事を読んだ感想を〇〇店長が送ってくれました。
この中で特筆すべきことは
「いつの間にか私と話をすることが楽しみな時間になっていた」という件です。
皆々様に置かれましては、遊技しているお店とこのような心のつながりがあるのか否か?店と客は水と油のような関係なので、普通は対立すると思うけど、中にはこういう関係もあるってことですよ。私は店長のみならず、その店のホールスタッフとも全員良好な関係を築いてきたと思ってるし、一般のスタッフ、幹部スタッフ、店長という括りを度外視して付き合ってきたと思うしその過程で当店長がかような気持ちになってたという事は初めて知りました。
感慨深いです。
店と敵対することだけがパチンコじゃないんでね。話せば分かるという関係は確実に存在するんで、私のような人間もおるってことを知って頂きたいです。この日はXのDMに送られてきたメッセージを読んで感服したという次第。今はSNSでこのような形で言葉と言葉がつながる時代となったので、人の本音まで知ることができるけど昔はそういう事はなかった。パチンコホールにおける、客とホールスタッフとの関係は、通いなれてくると心も通じ合うってことはあるだろうけど、本音の部分まで知ることは殆どないと思うので〇〇店長からのDMメッセージは貴重な言葉として受け取っておきます。
ここで冒頭の「いつの間にか私と話をすることが楽しみな時間になっていた」という言葉がどのような意味を持つかお分かりですか。分かりませんか?
このような人と人との付き合いが何になるって思う人もいるだろう。だけど開店時に僕と会話するのが楽しみになっていたという関係になると客の立場としてはプラスに作用することはあっても、マイナスに作用することはありません。エヴァアスを還元する日には、多分来店するであろう客の顔が頭に浮かぶからガセイベントは打ち難くなりますね。私が来ることが分かっているのに、釘が全くアイテなければがっかりして帰るに決まってるし、其れで良いのかという思いが働くはず。事実去年の6月から今年の2月まで還元日にガセだったのは1度くらいしかないし、その1回も店長不在の日だったから。
店長が割数に関わる時には、ある程度は釘を開けてましたし、そこにはガセイベントを打った時の客の顔が頭に浮かんだのではないかという思いですね。事実がどうだったかは分かりませぬが、「特定のお客が来る」と分かってて、その客をがっかりさせてしまうか否かとなると人間の気持ちとしては「ガセイベント」はなかなか難しかったのではないかと想像しています。影響力がどの程度だったかは分かりませんけど、0ではなかったような気がしますね。
そういう恩恵も有り得るのが人間関係です。
人間関係が、パチンコホールの割数に全く関係ないとは思っていません。昔タイホウ熱田店時代に中角にしか座らないおばちゃんがいたって事を何度か書いたと思います。この人は年間200万くらい負けてた人なんで、お店としては大切な客だったと思うけど、ある晩たいそう負けが込んで頭に来たおばちゃんが店の幹部にどえらい文句を言ったらしいですわ。多分大タイホウDAYか六番祭というイベント日だと思うけど、「イベントなのにこんなに出さんのかお前ら。どんだけ負けたと思うねん」。みたいな八つ当たりだったけど其の日は気の毒なくらい負債を抱え込んでしまってボロ負けでした。すると中角おばちゃんがいつも打ってる台だけ。翌日から1週間くらいはヘソががん開きでした。実際に釘調整を見てたので私もすげえなあと思ったんですけど
結局パチンコホールで働く人も人間なんです。
パチンコホールで遊技する客も人間なんです。
パチンコは人間対機械の戦いではなくて、人間と人間のお付き合いなのです。そういうのが割数に全く影響しないと思ってる人には分からないと思うけど、釘調整に携わるのは「人間」だからその人のクセが出る。
今回は遠方に赴任するようですから、実際に会う事はもうないと思うけど後任の店長に期待。今後はSNSだけの付き合いになるけれど私としてはパチンコはこれからも続けていかないとイカンから色々と考える。この店でやれるのか?やっぱ今までのようにイベント狙いに徹するのか。舵取りは難しくなったけど、今までだってそういう事を経験しながらパチンコをやってきたからねえ。タイホウ熱田店とかパチンコ三洋のように、数年間その店しかいかなかった時代と比べると今は割と簡単な時代。また新しい店を見つけるか、今まで通りの生活で事が足りるのかはまだ分からん。大海原に投げ出されたは言い過ぎ。確かにパチンコ三洋を出入り禁止になった時は大海原だったけど今は違うよ。やれる店は何店舗かある。
歌は世につれ世は歌につれ
パチンコは世につれ世はパチンコにつれ
いつまでも同じところに留まってはいられませんよ。パチンコの世界がCR機からP機に代って、今はスマパチに代ろうとしている。海がエヴァアスに取って代られて、エヴァアスがエヴァハジとかグールにとって代られる運命になりつつある。エヴァアスの稼働貢献期間が216週で終ってしまったからエヴァアスを還元しないお店が増えてきました。いつまでエヴァアスやっとんじゃいって時代だけど、打てる機械がない以上はいつまでも同じことをやる。変わり映えしなくても私は私の遊技方針を貫くつもり。去年の「シェリー」という記事を読んでこれからはスマパチの世界かって思った読み手もほんの僅かにいたみたいだけど、その話は笑える。
歌は世につれ世は歌につれ
パチンコは世につれ世はパチンコにつれ
のようにはいかない。多分これからも自分の気持ちは時代に逆行するばかり也。
どれだけスマパチが幅を利かせても、今のようなスペックではスマパチを打つことは殆どない。もっとまともなスマパチを。其れがないなら海とエヴァアスしか打たないで今年も終わる。
内心は海に回帰すべきだなと思い始めてるこの頃。
さてさて今年はどうなりますか。
このまま行ったら、スマパチのLT否定世論が進行するどころか、4パチ不要論が進行するだけと思う。そうしてきたんは遊技機メーカーの爆裂機優先の機械開発なので、遊技機メーカーが為してきた過ちは責任重い。大昔紅白歌合戦を観てた時に司会の玉置宏さんの名セリフに歌は世につれ世は歌につれという言葉がある。当時はその意味がよく分からなかったけれど、多分その時代時代によって歌に使われる歌詞とか曲調は変わってくるという意味だと思う。パチンコも昔はハネモノ、フィーバー機、一発台、権利物、一般電役と色々と移り変わってきたけれど、今の時代ならばP機からスマパチへと移り変わっていくべきとは思う。だけど肝心の遊技機自体が一向に変わろうとしないから4パチの存在そのものが疑わしいとさえ言われ始めた。
4パチをなくしたらこの業界は終わるよ。




コメント
お疲れ様です。
目の前の機械で手いっぱいの自分には早い内容でしたが、
ホールコン以前の釘師と渡り合っていたこと
ホールコン目線で遊技データを録っていること
などと関係があるのかなと思いました。
数字だけ見たらマイナスになる客でも、パチンコに精通した者どうしで心が通じた、友情が芽生えたってことでしょうか。このブログも読んでもらったということで。
ホールでのふるまいでも一目置かれてたのかなって想像します。
改めて、今自分がコメントしているこのお方は一体…(゜_゜) 笑
スマパチはまだやったことないですが、ポケット払い出しが上皿に出る音がそもそも無いそうでちょっと不便そうですねー。数えてるときに結構あの音を頼りにしてたんですけど。
3個とか4個が出て上皿に跳ねるときの「タタタッ」って音、リズムが好きです。これが7&15の時代は「タタタタタタタッ」いや「ドババババゴロゴロゴロ…」って感じだったんでしょうね。
確かにスマパチは不便ですね。玉が衝突する音が出ないですから。
スマパチ時代になると盤面を凝視していないと数えられません。
ただね
昔の記事を読んでもろたかどうかは分りませぬが。私が20代の頃は呼出ランプにスタート回転数は表示されなかった。それを命がけで知るために私は1000円分の玉数をきっちり上皿に盛ってました。そしてその玉で回った回数を全部記憶していました。
朝から夜の9時までの
回転数を1000円単位で頭で記憶。其れを家に帰ってからひとつひとつ、思い出しながら大学ノートに転記する。其れが習慣でした。それくらい20代の頃は頭も良いはず。貴殿にもできるはず。
カウンターなんか使わなくても頭で覚えられますよ。
客と店長は相いれない間柄なんですけど。お互いがお互いを認め合う。そんな関係を貴殿も構築できると良いですね。