品性

1994年に生まれた彼の約30年前に生まれた私は、同じ時代に同じ時間を共有できたことに感謝しています。王貞治を見て育ちましたが、彼もまた早稲田実業高校ではエースで4番。プロ入りした時は投手でいくのか、打者でいくのかまだ決まってなかったと思うんですけど、こういう場合野球界では大抵は打者として育てることになります。勿論ご本人が両方やりたいという事もあるでしょうけどプロの世界では必ずどっちかに割り振ります。当時の読売巨人軍は長嶋茂雄ひとりが気を吐いて他は貧打線でした。従って打者としての早期開花を願う首脳陣の期待に応える為に荒川博が王の打撃改革に着手します。バットの代わりに真剣で新聞紙を斬るような特訓は今では有り得ないと思うけど、その過程で荒川は王に一本足打法を提案しました。これが日本一のホームランバッターを産むことになるんですけど当時としては、王貞治よりも素晴らしい野球選手は二度と現れない。


王は世界一のホームランバッターでした。


その何十年か後に松井秀喜が海を渡ってヤンキースでプレイしましたけど、日本人が期待するようなパワーは発揮できずホームランバッターではなくてコンタクトヒッター。これに関しては異論があるかも知れませんが、チームメイトとして一緒にプレイしたアレックス・ロドリゲスからは松井を見下したような発言が何度もありましたし、彼の長打率をみるとそういわれても仕方ない打撃成績でした。王の後継者たる打者でもこの程度か?所詮日本人がいくら頑張ったところで向こうの人には敵わない。そう思って落胆していたけれど、彼が引退した7年後にニッポンが誇るグランド・キャニオンが海を渡って強烈な打撃を披露するようになります。2018年の初っ端からエンジン全開で2019、2021、2022までの活躍はご存じの通り。そして今年はWBCの年。2023年はWBCのことに触れずにはいられない。あのメキシコ戦は何度観ても凄いと思うし、吉田の同点3ラン。大谷の先頭打者2塁打、吉田四球からの、村上の逆転サヨナラ2塁打は、打った瞬間鳥肌が立ちました。今年1番の出来事はやっぱりWBCでの金メダルですね。最後の打者トラウトへの1球。全米が泣いたシーンはこれからも語り継がれることでしょう。大谷選手がNHKの単独取材に応じたテレビ放送12/24日分を録画して何度も観ております。怪我に至るまでの過程とか、これまでの打撃と投球に関する苦労とか今まで知らなかったことが聞けて満足ですがこの中で彼がしゃべった言葉に「もう1回肘をやったら投手としては終わりだな」というのが印象に残りました。


Ohtani has the greatest day of
baseball that anybody's ever seen.

野球の世界で今まで誰も見たことがないベストディだ。
MLBの歴史上最高の1日。
それを大谷選手が実現したんだ。


今年の7月27日、ダブルヘッダーでメジャー初完封。そして次の試合で2打席連続弾。球史に残る名シーンだと思いますが、2本目の本塁打のあと大怪我をする予兆みたいなことがありましたので、来年以降は怪我しない162試合の構築に取り組んでもらいたいものです。できればあと10年二刀流を観たいし、私も彼が投げる間は生きていたい。自分が生きてる間に王貞治の全盛期をテレビで観れたのが幸せだと思っていたけれど、人生の終わりかけにこんな素晴らしいことが起きるとは夢にも思っていなかった。彼が素晴らしい野球選手という事は分り切ってるけど、私が生きてた間に出てくれた事に感謝です。


既に松井秀喜以上
既に王貞治以上
既にベーブ・ルース以上

彼は日本イチの選手であると同時に世界イチの選手です。


来年も大谷翔平さんの記事を一杯書きます。其れに値する選手です。


今年1年間お疲れ様でした。過去のブログと違ってもうパチンコの勝ちを振り返ることはなくなりましたが、徐々にパチンコの勝ち報告というものはあまりしなくなるつもり。日々の遊技報告も勝ち・負けの金額表記はしなくなっておりますので、今年1年間でどれくらい勝ったのかさえ分からんと仰る読み手もいるでしょう。それでええんやと思うとりますが勝ち負け概念とは少し離れた描写にしてきたつもり。ツイッターの世界では勝ちと負けをしきりに書いてくる方もおられますが基本的には私は収支報告はパチンコビレッジ内だけでやるようにして、ツイッターでは勝ち負け報告はしないという方針なのです。ゴーロ吾郎さんからツイッターでも勝ち負け別にええやんって言われたことあるけど。でもねよく考えて頂きたいのですがツイッターで先に勝ち負け話を書いてしまうと、パチンコビレッジで私の記事読むのが全く詰まらんくなると思うんですよね。ネタバレ記事ほどおもんないのは事実でしょう。そういう理由でツイッターではパチンコの中身をあまり書かんくしてるんだけど、それやったらビレッジの中ではもっとマシなパチンコ実践記書かんかいって言われるでしょうねえ。今年1年間ここで書いてきた内容はお世辞にも面白いとは言えないし、去年までと比べると冷めた内容になってたから他人様ばかり非難はできますまい。そこで今年のまとめとしてやろうとしてたのが


12月に31連投


せめてもの償いという思いで今月は必死になって記事を書いて参りましたが、それも今日で終わりです。やっと重責から解き放れるのでしばらくお休みを頂きますが今日で31日目。最後の最後までお読み頂いてありがとうございます。10年以上続けていて未だに読んでくれる読者の方々には感謝の気持ちしかありません。今日で1316回目の投稿ですが、恐らくは3000本安打を目指すつもりでおります故まだまだ長いお付き合いとなるでしょう。どうかこれからもご贔屓に願います。今月31回目の投稿。今年最後の投稿とあらばやはり長文になるので、本日の記事をお読みになるのは覚悟が要りますよ。最後まで読み切って下さいませ。※確かビレッジ管理部だけが保有している投稿が1こある。

 

今年はあんまりパチンコ勝てなかったですね。勝てなくても生活ができるような仕組みを作ったこともパチンコ離れの要因にはなってます。今の僕はパチンコの収入がゼロでも生活ができるから段々とそんな感じになっていくのかなあと思っています。其れと8月9月10月に体調を崩して寝込んでしまったことも大きかったですね。特に10月の風邪は1ケ月まるまるアウト?みたいな感じやったから、もう今までの人生とは違うんやってことを痛感し、パチンコに対する付き合い方も大きく変化する年。サイトセブンでデータを分析する能力も気力も視力もかなり低下したので、今年ほどサイトセブンを見なかった事は今までありません。デュークゴーニィと言いながら今年は的を絞って遊技に赴くことが殆どなかった年。その見返りが収入低下につながっておりますので、過去履歴全然関係ないってロジックは多分間違ってんだろうなと思います。


細かく分析すればするほど成果は大きいです。


今はもう何も考える余裕がない。余裕がないんじゃなくって、パチンコで勝つためのエネルギーよりも、大谷翔平のニュースとか韓国ドラマの視聴とかを優先する日々で本当にパチンコに割く時間はここ20年くらいで1番短かったと思います。適当とは言わんけど、明日の飯のタネを探す努力もせえへんかったし、明日の台選びの的を作る努力もせえへんかったんで成果が上がる訳がない。かてて加えて8月以降爆裂機で全然連チャンせんようになったんでツキの無さも痛感。脱海宣言せなアカンというものの実態は海頼みだったけど、やっぱ私が海打つと嫌な店員が寄ってくるんでね。技術介入がなければ海では勝てん時代になったけどそれでは店員から厳しいマークを受けるからやっぱ爆裂機で何とかせなアカンわと右往左往しながらアグネスと大海5と爆裂機だけをやった1年間。来年はもうちょっと工夫しないと駄目やと思うとりますが、体調不良が続くと玉に向かう力学的エネルギーがかなり奪われるので、体調の良いことがパチンコで勝つための最重要課題と言えそうです。デュークゴーニィの時代が戻ってくるんか来ないのか。今年に関していえば殆どデューク様に依頼することはありませんでした。まあスマパチ元年だった今年は、年初から厳しいだろうと覚悟してましたが想像以上にスマパチ不振の影響を受けまして、店内の力学も玉からメダルへと移行しましたのでパチンコで勝つことはかなり厳しくなりました。イベント頼みだった2022年と比べると2023年は、スマパチ不振によるパチンコへの還元減少という影響少なからず受けましたが、個人的には自分だけが打てる島を発見したことで遊技環境は悪くなかったです。


2023年になって良かった点
(1)今年1年間でボーダーライン割れの台を打つ機会が1度もなかった。
(2)然もほぼすべての稼働で1日1台を守ることができました。
(3)然も出向いて遊技せずという日は1割以下でした。


その反面
(1)直営での営業が殆どできなくなった⇒NEWGIN劣化は予想以上
(2)大型店舗の玉還元比率がすこぶる悪くなった。


長短両方ありますが、今の環境は皆がいうほど悪くない。悪いのは自分の体調と気力低下と運の悪さ。特に高確率中の当たりの鈍さはここ数年でも最低レベルだったので1年間永久に連チャンせずとなった事。爆裂機打つ時のストレスはMAX。然もボーダー割れが1度もなかったとはいうものの、ボダ大幅プラスもなくなったんで勝ち易さという利点は失われたという感覚が強かったです。極端に短時間遊技にブレてしまったのはボダチョイ超えばかりだから。ボーダーぎりぎりと分かって撤退したアグネスと大海5は数え切れんくらい経験した。海打ってこんなに短時間稼働になったのは初めての事だけど、これはアグネスと大海5のスペックが甘すぎた影響もありますね。それでも今の時代なら辛い台作っても店が大して回さんから、甘い台作ってたまにある調整ミスを狙った方が勝ち易いのかも知れません。どの道短時間遊技へのいざなぎは食い止めることは不可能と思うし、これからも私は長時間労働へとシフトしないと断言します。今の稼働時間でもっと勝てる事を狙っていきたいけれど、あんまり期待はできんでしょうね。愛知県ほど玉の悲惨な街は少ないと思うけど、この10年くらいは特に酷くなりましたし、現在の状況がどうなっとるかというと、今まで玉しかやらんかった軍団でさえも私と店被りした日にパチスロ打ってるわ。愛知県はハナハナ王国なれど、今年はそれに加えてスマスロヴヴヴと北斗推しの店が多かったから


愛知県はパチスロ>パチンコの色が特に濃いと思う。


今となっては東海3県で活動してる専業で玉しかやらん人は殆どいなくなりましたね。未だに玉に拘るのは私とポトフさんぐらい?のもの。私はパチプロじゃないけど、プロの中で玉専の人って本当にいなくなりました。専業の99%くらいは両方やりますからね。愛知県じゃパチンコでは食ってけないと思うけど、それを馬鹿にするのは愛知にきてからモノを言ってよ。ここに来るとパチンコでは勝てませんぜって流れは今更ジロー。ハッキリと分岐点になった出来事は2012年の8月貯玉再プレイ手数料の禁止だったと思うけど、あれで3.0円店が3.6円店に変わってから時代の流れが加速した。個人的には2013年、2014年まではパチンコ三洋という特殊な環境があったので玉でやれたけどそれ以降2015、2016年はMAX機以外は地獄。2017から2019年までは沖縄4が4個賞球になって何とかやれました。2020年コロナでダメ。2021年CR撤去でダメ。2022年だけがプレミアム×パチンカーで盛り上がったので愛知県の玉は二重丸。去年はパチンコブームの年だったから誰でもパチンコでは勝てたと思う。愛知県に住んでて去年パチンコで勝てなかったっていったら笑うでっていうくらい


去年はパチンコで勝ち易かった年。

だから去年の成果は眉唾よ。

今年は元に戻ってパチンコ<パチスロの年。


2012年パチンコからパチスロへ
2013年私は蚊帳の外
2014年私は蚊帳の外
2015年路頭に迷った年。旧MAXブーム
2016年北斗無双ブーム
2017年賞球4個ブーム
2018年賞球4個ブーム
2019年賞球4個ブーム
2020年コロナウィルスにやられた年
2021年CRがなくなった年
2022年プレミアム×パチンカーに沸いた年
2023年スマパチでパチンコは全滅

愛知でパチプロを名乗るのは憐れでしかない。酷いでっせ。

 

今年はホジュンというドラマに巡り合えましたが、このドラマは歴史が古いんです。
1976年許浚の生涯を題材に描いた「執念」というドラマがMBCで放送された。
1990年に「許浚」という書籍を発刊すると300万部を超える大ヒットとなったが執筆中に作者が死去。
この9年後。「小説東医宝鑑」を基にして連続ドラマ「ホジュン」64話を放映。
※西洋の医学書に対抗してこの東医宝鑑は東洋ではバイブルとされた。


私が着目したのは、イビョンフン監督が手掛けたこの「ホジュン」という作品です。1999年11月22日から2000年の6月27日までの放送。2000年のこの時期は嫁のお腹に娘が授かった時期なので、我が家はいつ生まれるんかというのが最大の関心事やったけど、その頃は韓国の時代劇ドラマなんて見向きもしなかったしこの作品が放送されたというニュースも日本には入ってこなかったように思う。兎角韓国でも時代劇ヒットのはしりとなったのがこの作品でありそれまでは時代劇はあんまり人気がなかったと思う訳。そして日本に韓国時代劇ドラマが入ってきたのはもうちょっと後の事。宮廷女官チャングムの誓いが火付け役だったと思うのでホジュンて言われても今日の今日まで知らなかった。実際にホジュンが日本で放送されたのはチャングムの後2006年の事。然もNHKではなくBS朝日だったので認知度はかなり低かったと思います。2002年に冬ソナが出て韓国で話題になっとったことは知ってたけど、それでも私は興味なく冬ソナに関心を持つようになったのはパチンコ台の冬ソナファイナルが登場する直前の事。時代劇なら尚更知らんし、チャングムのパチンコ台が出たことも知らんし1度も打ったことない。韓国物には兎角無関心でした。それでも2002年は日韓共催のワールドカップがあって何かと日本と韓国の距離が近づいた時期なので、冬ソナ、天国への階段までは遊技機として出てたんは知ってたからホジュンも遊技台として作って欲しかったですね。振り返って思うと最後の放送日が6月27日やから私の誕生日ということで深い縁がありそうですが名将イビョンフン監督の出世作品という事で何度も繰り返し観ました。BS日テレの放送を録画してたけど、CM込の1時間放送だから随分とカットされてる思うたんで、TSUTAYAレンタルで1巻から32巻まで借りてきて観たけれど、あんまりカットされてはいなかったですね。本音はノーカット版を観たいのですが、なかなかそういうのは手に入らないので仕方なく今のままでとどめておきます。それとチャングムその他日本では有名な韓国時代劇の多くは吹き替えがあるけど、ホジュンはNHKで放送されなかった為字幕版しか視聴できません。従ってホジュンに関しては観たことがないという日本人が多いのではと思ってます。

 

ホ・ジュン宮廷医官への道
このドラマの主人公ホ・ジュン⇒チョン・ガンリョル
その妻ダヒ⇒ホン・チュンミン
 

 

後にホジュン伝説の心医というドラマが制作されるのですが、これはイビョンフン作品ではないし、宮廷医官への道をパクッたものと思うのでこれからも観ることはありません。あくまでも私が心打たれたのは宮廷医官の方ですが、観れば観るほどこのドラマはチャングムの誓いとよく似ています。単に同じ医療を題材にしたということだけでなく、BGMも同じ音楽を使ってるシーンが何度もあったし、挫折と成功を小出しに繰り返す魅せ方も良く似ていました。性格の悪い人が脚本を書いたのだろうとは思うけど、あこぎな人間が多ければ多いほど主人公がお茶の間に涙を誘う。もっとしっかりせんかい!って何度ホジュンを叱りつけたか分かりゃしない。このドラマを観ていて1番心を惹きつけられたのはホジュンの妻を演じたダヒ役のホン・チュンミンの美しさと人間性。何となくですけどこの人が私と縁があった女性に似てるので昔を思い出しながら観てました。

 

時は40年ほど遡ります。

香川大学の頃

 

ダヒに似てると思った女性は、私の先輩西脇はんの彼女。永松洋子はんと申します。当時は何故か「さん」付けではなくて「はん」付けで呼んでたけれど、西脇はんと高岡はんが親友でそのクラスメートだった洋子はんと西脇はんが恋人同士。高岡はんは銀星宿舎ではなくて別のアパート暮らし。洋子はんは自宅暮らしでしたがこの2人はしょっちゅう銀星に入り浸ってたので私と接する機会は多分にありました。恐らく週のうち1/4くらいは顔を合わせていましたかね。西脇はんと高岡はんは麻雀仲間でもあったので当然この3人プラス1で麻雀しょっちゅうやってました。高岡はんは浜田省吾の「愛の世代の前に」を私に教えてくれた人。温厚で物静かな人柄。前に出る性格ではなくて常に一歩引いた感じだったから女性には縁がなかったし多分私が知る限り浮いた話はひとつもない。西脇はんは高岡はんとは正反対で、よーしゃべるし、自己主張の強い人間でしたけど口は上手いし男前やったから女にはモテましたね。

 

※銀星というのはかつて書いたけど栗林公園近く。坂の途中にあるアパートで私と西脇はんが住んでたとこ。
詳しくは2020年5月2日の記事参考。コロナの時期で何とかして楽しませよう思うて書いた記事。

 

 

銀星第3ビルってところが銀星宿舎でこの172号線は坂道。北に向かう坂道を下れば香川大学。南方に向かうと登坂でやおらトンネルに出会い、トンネルを抜けて山を下れば左手に大手前高校があって、尚も真っすぐ下ると国道32号線に出てそのまま延々と車を走らせれば満濃池、金毘羅船船の金毘羅さんに行きあたります。銀星宿舎は山の中腹というところでしょうね。※大手前高校は私の叔父が通った高校。


何故洋子はんとダヒ嬢が似ていると思ったかというと女好きの西脇はんがしょっちゅう浮気するんで、バレるたびにもう別れるとか分かれんとか。そんな事をしょっちゅう繰り返していて、その度に涙する洋子はんの女心が愛しくて、悲しくて傍にいるこっちも悲しくなりました。安い手当で医療に打ち込むホジュンを陰で支えたダヒの苦労とダブリます。旦那がユ・ウィテに破門されても尚、ウィテの病院で雑用をして嫌味言われながらこき使われて小銭を稼ぎ家庭を支えていたダヒは、ホジュンが科挙(雑科)試験を受ける時には、漢陽までの旅費をそっと旦那の前に差し出しました。


※李氏朝鮮時代の科挙
文科⇒役人
武科⇒武官
雑科⇒医者はこれに当たるが当時の医官、女医の立場はかなり低かった。

 

母「どうしたの?このお金は」

ダヒ「医院で働いて貯めたお金です」

母「ジュンが破門されたとこでしょ。どうしてそんなみじめな事をするの」。


ダヒ「他の人の為ならしませんが、この人の為ならどんな屈辱も耐えられます」。


この人のためなら
どんな屈辱も耐えられます。

 

しびれるお言葉です。苦労させられてる姿だけじゃなく、お顔立ちも何となくダヒと洋子はんは似てるので昔を思い出しましたね。西脇はんと、高岡はんと洋子はんは私の1年先輩。この4人がいっつも仲良く遊んでたので当時のことは忘れようもないけれど、どことなくダヒと洋子はんはダブリます。

 

大学1年のある時までは私は、大学の近くの民家に下宿してたのですがこの頃は西脇はんが血気盛んでしたからお付き合いする私としては大変でした。「おい○○君よー部屋貸してくれや」。目がきょとんとなり何すんのーって思ったけど、彼曰くナンパした女子高生を連れ込むからだそうで、自分の部屋に連れ込んだら洋子はんが部屋に来るかもしれへんから誰も来ない俺の部屋を貸してってことだった。こんな殺風景な部屋に連れてくるんかって思ったけど、彼曰くこの部屋で十分やからというもんで私はしぶしぶ了承し、その間隣の先輩の部屋にこもって二人して将棋してたわけ。しばらくして終わったぞって部屋に来て解放となるのですが、自分の部屋に入るとゴミ箱にはコンドームとティッシュが入ってたし、ティッシュにはどう見ても精液っぽいのがついてたから、なぬーっ。こんな部屋でやっちゃったのって思ったけど、そんなことが何度も何度もあるもんでしまいには、この人ナンパの天才やなって尊敬するに至ります。

 

女子高生連れ込んでエッチするんで部屋貸した私の心境はいと複雑。

さっきまでやっとったのねと生々しい。  


そんなに簡単に女子高生とできるんか?って思うとったけど、彼にとっては朝飯前の行為。それからしばらくして私も銀星に住みたいなと思うようになりまして高松市街から栗林公園まで引っ越したので女子高生の件はこれで終わりです。当時はどうやってナンパするんか分からんかったとですが、私が銀星に行ってからは西脇はんと一緒に行動する機会が多くなり、その手口を目の当たりにする。  

 

乗ってくれ! Ha~Ha  
止まらない! Ha~Ha  
 
Feeing Comes  
Feeing Comes  
Feeing Comes to me  

 

西脇はんの車は⇒ケンとメリーのスカイライン  
オレッチの車は⇒シルビアZSEX  

 

何故か俺の車で行くぞって言われて矢沢永吉のコンサート会場までひとっ跳び。コンサートが終わると一斉に若い女の子がぞろぞろと出てくるんですが、彼女たちは皆西脇はんの餌食。釣り上げた女の子をシルビアに誘導してドライブです。目指すはラブホテルで成功率100%のナンパテクニックでしたわ。彼と一緒にコンサート行ってナンパに失敗したことがないんで本当に感心しましたが、こちらとしては彼が釣り上げた魚を頂くだけなんで有り難い事この上ない。私はなんにもしなかったけどお宝に辿りついて良い時代でしたし良い先輩に出会えましたね。この頃の西脇はんは本当に尊敬に値する。  


乗ってくれ! Ha~Ha  
シルビアに! Ha~Ha  
 
Feeing Comes  
Feeing Comes  
Feeing Comes to me  

 

わざわざシルビアに乗ってく意味が分かったけれど、いかついケンメリやのうて優しげな車で女性を誘導したほうが確率が上がる。そんなわけで私の大学2年と3年は人生で唯一到来したモテ期でしたけど、振り返ればモテたと錯覚しただけの2年間でしょうね。西脇はんのナンパテクニックが絶品なんでおこぼれを頂戴しただけやけど、この頃は私が素人の女の子と1番セックスしまくってた時期でしたな。  
※ケンとメリーのスカイラインはL20型エンジン。パワステないからクソ重いハンドルと、これまたクソ重いクラッチの入り切りで普通の人間には運転できなかったハードボイルド仕様。勿論マニュアル専用車です。  

 

そういう訳で大学時代は人生のパラダイスを経験するのですが、いつまでもこんな時代が続く訳じゃなく自分が4年生になった時にみんな地元に帰って行くので別れ別れです。


西脇はん⇒岡山に戻って中国銀行就職
高岡はん⇒三浦工業に就職。愛媛ではかなり有名なボイラー企業。
洋子はん⇒香川トヨタに就職。

 

西脇はんは岡山に、高岡はんは埼玉に行ってしまったので黄金時代は終焉。ひとり残された洋子はんには、もう会うことはないと思うてたんですが、何かの拍子でばったり会ったとき未だに忘れられない彼氏の事をポツリポツリと話すので話し相手になってやってたのですが、ある時彼女が途方もないことを言ったので事態は急変します。


今まで言わんかったけど

西脇より○○の顔の方が好きなの。


おれっちの顔が好みのタイプやったと言われてビックリ仰天。今までそんなこと誰にも言われたことないし、初めての経験やったからもうドギマギして夜も眠れせん。それまでは先輩の彼女ということもあって女として見てなかったと思うけど、そんなこと言われると急に意識するようになり次第次第に心まで奪われていくのが分かりやばいなと思いました。先輩の彼女やでと何回も否定したけれど、否定しても否定しても思い出すようになるんで、ついに初めてのデートに誘ってしまい徳島まで車でドライブ。夜の鳴門大橋は人影もなく、誰もいない空間で二人っきりだと自然と距離が接近します。寄り添うように抱擁し長い時間ディープ○○。その日のうちに私の部屋まで連れて行って、二人は結ばれてしまいました。この時のやっちまった感は今でも記憶が鮮明です。


という訳でこのお方が大学時代の私の彼女でした。

 

他の人には絶対言うたらアカンので、付き合ってる事はずっと内緒でしたけど、今ならもうええでしょ。あれから40年も経って時効と思うけど大学時代に1番仲が良かったのが西脇はんでその彼女と付き合うことになったんは痛恨の極みと思うけど人生ってのは意外とそんなもんかもしれへん。その洋子はんとダヒ役を演じたホン・チュンミンが顔つきもどことなく似てる。目の辺りがよう似てるかなと思うけど、そんな思いもあってこのドラマには入れ込んだんですが殊更ダヒに関しては特別な感情が湧いてくる。40年前の過ちが本当にあれで良かったのかどうか。自分はその後愛知県に出てくることになったんで、彼女とは別れましたがその後洋子はんは西脇はんとよりを戻して結婚することになりました。二人の幸せは長くは続かず、結婚した後も西脇はんの女癖の悪さは一向に治らずすぐに離婚したそうです。


そのあとのことは知りません。

 

一般的には、ダヒ役を演じたホン・チュンミンさんという人はあんまり美人ではないと思うんですよね。どことなく暗いし華がない。一見日陰のように見えるお顔立ちなのですが、洋子はんもそんな感じやった。チャングム、トンイ、オクニョのヒロインを演じた女優さんと比べると見劣りすると思うんですけど私の目にはメチャクチャ美人に見えるんですよ。


チャングム⇒イ・ヨンエ
トンイ⇒ハン・ヒョジュ
オクニョ⇒チン・セヨン


イ・ヨンエは知的美人、ハン・ヒョジュの可愛らしさは例えようがない。セヨンさんは身体もお顔も官能的で私が1番好きな顔。ホン・チュンミンさんは彼女たちと比べると凄く地味なんですけど、何故か私はこの人に心を惹かれてしまいます。

 

皆がご存じかどうか知りませんが、経済学部にいらっしゃる女生徒さんはぶちゃいく系の子しか集まらへん。しかは言い過ぎだけど恐らく彼女等の9割は不細工。然しながら男子生徒が50人くらいいる中で女子生徒が1人とか2人とかしかいないので、どんなけぶちゃいくでもモテモテなんですわ。だから彼女たちは皆勘違いするんやけどぶっちゃけ可愛い子なんて殆どおらんのですよ。洋子はんは経済学部の女生徒としてはトップクラスのルックスやったと思うけど、それでも教育学部の女の子に比べたら華がないというのかキャピキャピ感がないんであんまり女子大生って感じはしなかった。反対に、私と同じ高校から香川大学の教育学部に入った男子学生はというと、これが経済学部の女の子状態。そいつは不細工な奴やったけど教育学部に入ったおかげでモテモテでしたよ。そんな話を聞くもんだから俺は羨ましいことこの上ない。1度でええから教育学部の女生徒と同じクラスに居たいなあと思うようになって。

 

大学の単位の半分くらいは4年生になってから取りました。大学3年までは毎日パチンコ三昧でしたから、ろくに授業にも出ずに単位は落としっぱなし。体育の単位もなかったので4年になってから取りに行こうとしたけれど、ここでハタと気づいたことがある。教育学部の1年生と同じクラスで授業を受けることができるんやと。ここでも悪代官ゴーニィぶりを発揮してわざわざ教育学部の1年生のクラスに混じって体育の授業に参加しました。楽しいの何の。みんなキャピキャピの女子大生ばかりやから、大学に入って初めての「楽園」を満喫。普段は味気ない男ばかりで極僅かにいる不細工な女子生徒をたーまーに相手するくらいの授業ばかりだったから、この時ばかりはこの世の天国。だけど時既に遅し。彼女たちは俺が何でここにおんねんて目でみるから、何となくぎこちないし年寄り扱いされてるようなへんな気分で授業を受けることになったけどね。洋子はんという彼女がいながらも、そんな邪な事を考えるくらいだから


俺も大概に悪代官やけどね。

 

ホジュンとチャングムの作り方はよく似ています。どっちも最初は身分の低い子という始まりで、いじめと苦労ばかりなのですがキラリと光る天賦の才能があって徐々に頭角を現すけれど、その才能に嫉妬する人たちが足を引っ張って失意の底まで落ちていく。チャングムの前半は料理の才覚。後半は医療の才覚を発揮していずれも頂点を目指すけど、その過程では母と師匠を殺された恨みを晴らすという「復讐」が大きな柱となって物語が進行します。1話から48話までが成功と挫折を繰り返していき、48話で視聴者が1番気持ち良くなるシーンを用意しています。つまりここが絶頂の時であり、それ以降は宮中で地位の高いところまで上り詰め、政局に翻弄されて最後には都を出るという事になります。


成功
挫折
成功
挫折

その過程において常に復讐というのがチャングムの柱で、それを実現した時が1番感動するシーンでした。

 

ホジュンも似たような物語ですが、チャングムと1番違うところは「復讐」という概念がないという事。第33話で師匠であったユ・ウィテが胃がんでこの世を去った後は、その息子であるユ・ドジの陰湿な嫌がらせに巻き込まれていくけれど誰かに身内を殺されたとか、強烈な殺意を抱くほどの出来事はないので、感情の山と谷という点ではチャングムほどの落差がありません。ここがチャングム1位でホジュン2位とした理由。因みにレンタルショップに置いてあるDVDは全64話完結。ところがBS日テレで放送したドラマは全69話完結。69話ある物語をところどころカットして64話に収録してあるんでレンタル版の30話はBS放送版の33話に当たります。この辺はご了承下さい。これ以降ここでの第何話という話は全てBS放送版なのでレンタル版とは異なります。ホジュンにおける成功と挫折の過程に置いては主人公にもっとしっかりせんかいって思うような脚本なので、その辺に一工夫が足りなかったとは思うけど当時としてはホジュン・シンドロームを巻き起こしたほどのムーブメントだったから時代劇ドラマとしては画期的な内容だったと思います。後にチャングムが出たからやや色褪せた感はあるけれど、イビョンフン作品のはしりとしては上出来ですね。当時は韓国内でも、時代劇に出演した俳優はその後パッとしないという通説があったので出たがらない役者さんもいたようで、ホジュンの妻役のキャストは最初は


チャングムの誓いクミョン役⇒ホン・リナさんでした。


もし仮に彼女がダヒ役で登場してたらこのドラマはもっとつまらないものになったと思うけど、彼女が出演を躊躇ったのでまだ22歳だったホン・チュンミンさんが代役を務めたという次第。私としてはダヒがホン・リナでなくて本当に良かったと思ってるけどダヒを演じた彼女の雰囲気と美貌はホン・リナが演じるとだいぶ印象が変わったんやろなあと思います。チャングムで演じたクミョンの子役は輝きを放つほどの美形だったけど、大人役のクミョンはお世辞にも美人とは言えないし、第一私の好みとは反するから彼女がダヒを演じるとここまでホジュンという作品に入れ込むことはありませんでした。ただただ私のかつての恋人を思い起こさせるような外見があったればこそ。


ダヒを演じたのが
ホン・チュンミンで本当に良かったと思うばかり也。

 

ただこのホジュンに関しては、私が韓国ドラマで最も観たくない場面に遭遇します。今までも数多の韓国ドラマを見てきており、いつかはその場面に出くわすんじゃないかと思ってたけど本作品の時代が時代なんでついにその場面に遭遇します。


文禄の役ですね。


豊臣秀吉⇒1537年生まれ1598年没
徳川家康⇒1543年生まれ1616年没
許浚(ホ・ジュン)⇒1539年生まれ1615年没


ホジュンは秀吉、家康と同世代ですね。1592年に起きた文禄の役だけは見たくなかった。その戦争はただ単に日本側が勝手に朝鮮半島に攻め入り侵略、侵攻するんで日本の教科書には日本側の都合でしか描かれてないけれど、これを韓国側の立場でみるとどうなのかは観なくても分かってたのでただただ辛かった。秀吉の勝手な侵攻欲だけで起こされた戦いなので観るに耐えられないシーンが数多くあり、かような事実はできれば闇に葬りたいけれどホジュンでそれを目の当たりにします。


文禄の役1592年から1593年
慶長の役1597年から1598年。秀吉死去により撤退

 

第60話から63話までが文禄の役ですが、この辺りからこのドラマは面白くなくなっていきます。

 

66話で宣祖が逝去することになるんですけど、国王の死去と同時に、その主治医までも斬首刑だという理屈が私には理解できません。チャングムでも同じようなことがあったけど、中宗大王は死ぬ直前にチャングムを明に逃がそうとしたので事なきを得たけれど、当時の主治医が本当にそんな扱いを受けたのかどうか?甚だ疑問ですが日本人にはとても分かり難い慣例であると同時に、王がなくなればその担当医も責任を取って死ぬべきであるというのなら、誰も主治医になろうとせえへんがな。

 

王様の主治医⇒御医

 

国中で医師のトップが御医であり、医官はみな御医を目指そうとして死に物狂いの努力と切磋琢磨する。その苦労がなあーんにも報われないし、報われないどころか王の死と同時に自分も死ぬという地位に誰が付こうとするのか分からない。これはかなり歴史的事実を曲学したものと思うけれど、歴史に基づいたドラマでこのような曲学阿世はあってはならん事。従って60話以降の後半はかなり不可解な気持ちでドラマを観ていましたがホジュンが63.7%という最高視聴率を叩き出したのは50話から55話辺りなので、自分の感性と韓国人の感性が似てるんだなと共感。

 

実際の史実をネットで調べたところ、宣祖死去の責任を問われて流刑にされてたので当時の朝鮮半島にはこのような悪しきしきたりがあったんだという事を知り愕然。1年の流刑でまた宮中に戻りましたけど、この辺の感覚は日本には有り得ないんじゃないかと思います。大奥観てても将軍が亡くなったときにその担当医が処罰されるというのは観たことがないので日本と李氏朝鮮の違いは明確です。身分制度両班から賤民までの差と日本の士農工商についても日本の方が理にかなってると思うし、王を取り巻く医師に関しても日本の方が理にかなってると思う。どうやら日本と朝鮮半島には当時から国民性にはかなりの隔たりがあったものと推測されますが、この時代は日本に生まれた方が良かったと言えそうです。


という訳で今年はこのドラマにのめりこんだけど

名医ユ・ウィテが言った「心医」という言葉と、ダヒがホジュンに言った「この人のためならどんな屈辱にも耐えられます」という台詞が心に響きました。


心医という言葉は深い。ユ・ウィテが死ぬ前に「未熟な人間は相手にしなかった。もし自分の人生に悔いがあるとしたら、未熟な人たちを突き放すのではなく包み込めなかったことだ」と言ってたけど、パチンコライターの文章も同じこと。世の中には何も言わなくても本質を見抜く人もいるし、勝ち負けはその人のセンスに依るところが大きいけれど、センスのない人間とか未熟な人間はギャンブルの世界では常に敗者であり負け続けの人生に甘んじるわけです。そのような人たちを相手にしてたのではいくらエネルギーがあっても足りないし、私とていつかは情熱が途絶える。然しながら心医という言葉を重んじれば、かような人達にも最後まで光を当て続けて生きること。それがパチンコライターの宿命なのだと。


この人のためなら
どんな屈辱も耐えられます。

 

私はこの一言を聞きたかったというのが本音ですかね。無論そのような人徳はないことを知ってるけど、去年この時期に書いた記事の内容を覚えていますか?蟹江のオークランドでパチパチスタジアムを打ちたいがばっかりに嫁を突き飛ばし、無理やり車で走り去った出来事です。あの記事を読めば、私にそのような資格はないと言うでしょうけど、当時も今も私は間違ったことをしたとは思っていない。期待値4万円のパチパチスタジアムを遊技して結果的には20連チャンの一撃があって10万円くらい勝って帰ったのですが、今もその日に出かけたことに悔いはない。無論嫁の言い分は、旦那にギャンブルして欲しくない、ギャンブルから遠ざけたい為に阻止しようとするのでしょうが冷静に考えれば行けば10万円の金になるんなら


行かせてもええんではないかと思う。

 

たった1日ですよ。たった1日嫁と旦那の団欒を諦めてくれれば10万円の金が入る。何も負け戦をするために行くのではないし、絶対に勝てると信じた夫の考えにほんのちょっとでも寄り添う気持ちがあれば、送り出すというのも有り得ない話ではないと思う。ダヒの言葉の中には、私が信じた人が「やる」というのであれば、どんな屈辱にも耐えられる。献身的なダヒの姿を見ていると、万が一嫁がダヒのような人間なら許せたんだろうなあと思いながらドラマを観ておりました。ギャンブルが嫌いな人間とそうでない人間との隔たりは非常に大きいです。勝ち負けだけの世界で生きてきた人間は、何処でケツまくって何処で手を抜くかは分かっていてそれが自分の「命」だと思っているので自分が100%勝てると思ったときには、万難を排してでもその場に居たい。無論勝手な事ばっかり言いやがってえという世の中の奥様の気持ちもわかる。誰がそんなこと許可するかという意見もあるとは思うけれど、たった1日なのですよ。絶対に勝てると思えるような日はそうそうあるもんじゃない。  


許せ  
その日ぐらいは。  


Dahee.mp3 

/postcontent-editor/uploads/22/files/SOUND/Dahee.mp3 

ダヒのテーマソングです。  


パチンコと医療を一緒にすなってのは分ってますがね。旦那が目指すべき道を閉ざそうとするのか、許容するのか。ギャンブルであっても医療であっても私にはそんなこと無関係。ただただ自分がやりたいことに突き進んできた人生だけど、期待値というのはバクチ打ちにとっては命也。自分の嫁がダヒのような人なら送り出したのではないかと思う。いやいやもし洋子はんなら許したに違いない。その頃の私と洋子はんはそんな関係でした。パーラースーパードームでプロレスラーみたいな体格の人を朝イチの台取りで、突き飛ばして14万円奪い取ったって記事を書いたけど、あの時も目の前に期待値があってそれを奪い獲りに行っただけ。獲れるか獲れないかは強者と弱者の違いのみ。自分が絶対に勝てると思った時は、他人を突き飛ばしてでも自分の行為を正当化する。それが今まで生きてきた道だし、これからもそうするよ。軍団が何百人束になってかかってきても全然怖くないし、軍団を蹴散らすのはむしろ快感と思う。そんな生き方しかでけん人間やけど、ギャンブルで勝つ側の人間はそういうもんやと思うとる。

 

何かを犠牲にしなければ
ギャンブルの勝利は成り立たない。


人を押しのけるのは嫌だという
優しい人間はギャンブルには向かない。

 

でも1度ギャンブルの世界にのめりこんだのであれば、負ける人生を目指すことは有り得ない。ただひたすら勝つことだけ。演出はどうでも良い。好きな機種はない。好きな題材もない。1パチのようなチマチマした勝負はやる気がしないと言ってた人達も今ではすっかり1パチの虜である。そっちの世界に行けばもう戻ってこれないけれど、この人たちは勝ち負けよりも、パチンコ好きを優先した哀れな人生ですよ。そうなるかならんかはその人の考え方による。人を押しのけるのは嫌だという人は1パチにどっぷりつかって余生を送るがよかろう。俺はそんな人生は御免だがね。

 

人生は1度しかないから。

 

結局は自分の生き方を信じられるか信じられないか。自分が勝てると思った勝負ならばどこまでもケツまくるし、何があってもその場に行こうとする。その考えはこれからも変わらんと思うし、70歳、80歳になっても俺は毎回同じことをするよ。そんな時に相手が進むべき道を閉ざそうとするのか。道を開けるべきかの岐路に立たされた時は、迷わず「この人のためならどんな屈辱も耐えられます」と言って下さい。

 

自分はそう言われたいと思って生きてきたのではないだろうか?


ダヒを観ながら昔のことを思い出す日々でした。

 

このシーンはユ・ウイテが痛みを和らげるときに針治療のあとお灸すべしと助言することがあったけど、何故師匠はそんなこと言ったんだろうかと、ホジュンがダヒにつぶやいたとき。それは師匠が自分が過ちを犯したことで、自分の評価を下げてホジュンの信頼を取り戻そうと試したのではないかとただす場面。ホジュンのせいで目が見えなくなった患者がいて一時的に悪い噂が流れたけれど、彼の信頼を取り戻す為に考えたウィテの優しい親心だった。

 

 

このシーンはホジュンとイエジンが良い仲になってるんじゃないかと忠告された時。有り得ないと失笑した時のもの。本当はイエジンがホジュンを慕い三角関係になっていくのですが、そういう嫉妬との戦いにも苛まれた中で、ダヒの苦労は続く。イエジンに対する嫉妬心もこのドラマの見どころのひとつです。

 

 

 

ウィテが死んだあと勤務していた医院が売却され一旦は医者をやめていたホジュンだが、あとからきた医者がぼったくりの医療をするので、自分の家で開業をすると決めたときの様子。自分の旦那がまた医療に打ち込めることになって喜ぶダヒの姿。

 

 

科挙に首席で合格した事を報告した日のこと。

 

嫁を蹴飛ばしてパチパチスタジアムを打ちに行ったことも、レスラーみたいな男をぶっ飛ばしてアメリカンドリームを横取りしたことも自分の基準では悪いことをしたとは思っておりません。バクチ打ちにとって期待値は命。過去に遡って同じ場面に遭遇したとしても自分は同じことをするでしょう。でもそういう人間は、「この人の為なら、どんな屈辱も耐えられます」とは言われないでしょうね。生来の品性がアカンから。そんな自分がこれからの人生をやり直すとしたらひとつだけ品性を取り戻す方法があるかもしれない。

 

心医ですね。

 

私がこれから目指すべき道ですね。

 

パチンコに限らずどの世界でも何も言われなくとも本質を見破る長けた人間もいる。そういう人は誰の力を借りなくても結局は同じところに辿り着く。その反面何を言われても本質が見抜けない人間もいる。理解できないのではなくて、恐らくは自分の思考の中から抜け出せないのだろう。それが養分であり、負け組であり、オカルターである。そのような人に出会ったら最初は親切丁寧に、勝つ為には何をすれば良いかというありきたりなロジックを浴びせ続ける。根気よく浴びせ続ければいつかは目が覚めて生まれ変われるという事は良くある話だ。最初は誰だって勝てやしない。勝てる人間によって導かれた時化学反応が起きる。

 

ただそれでも化学反応しない人もおられるのだ。


キバちゃんとユリアちゃん。一向に化学反応しない。


ここでウイテの言葉を思い出そう。未熟な人間に会えば突き放してきた。それが死ぬ間際の心残りとなってウィテの心を苦しめる。キバちゃんとユリアちゃんは2020年頃からのお付き合い。しばらくは脳内シャワーを浴びせ続けたつもりだったが、御両名の頭は一向に変わらない。どこまでいってもオカルトから抜け出せないでいるけれど、そんな彼らの姿を何年か見るうちに私はあるとき「諦めの気持ち」が生まれた。この二人を突き放す準備に取り掛かった。


キバちゃんは持ち玉遊技の利便性を理解しようとしない。

ユリアちゃんはいつまで経っても表計算シートが作れない。


元々は彼が表計算シートの内容を質問してきたのに、その質問には答えたはずなれど彼の頭が追い付かないのである。

 

ウィテが突き放す瞬間だと思う。

 

もう無理だ。何度かそう思った。特に今年辺りはその辺の考えが頭ん中を支配するようになってきて、事実ビレッジへの投稿内容も彼らが望む書き方とは異なるアプローチだったし、読者でなくなっても構わないとさえ考えてた時期もあった。然しホジュンを観ていて心医という考え方を示された時ひとつのヒントが生まれたように思う。元々がさつな品性で人としてあるまじき点も少なくない人間でも、やり直せるかもしれない。自分はもう残り少ない人生だと思う。現時点では発覚している重篤な病は見当たらないが、年々身体の疲労と視力の衰えは酷くなっている。頭もはげかかっている。あと何年生きられるのかは分からない。いつまでもパチンコビレッジの原稿を書き続けられる訳ではないから、私の後継者を作らないといけない。松高男⇒高松さん。藤佐吉⇒佐藤さん。から受け継いだタスキは途切れることなく次の人へと。

 

キバちゃんとかユリアちゃんに書いて貰ったらよいのではないかなと思う。

 

一旦は突き放そうと思った御両名ですが、私はこの人たちをできる限りお世話することにいたします。ウィテが死ぬ間際に思った後悔も今の自分になら乗り越えられそうな気がするのでいつまで経っても、誰かを突き飛ばす人生ではいけない。未熟な人間を突き放す人生ではなくて、包み込む人生。それによって私の品性も生まれ変わるかも知れない。ダヒが発したような、この人の為ならどんな屈辱も耐えられると言わせる人に出会う人生が良かったと思うけれど、そうなるためには自分自身の品性が変わらなければ。この二人のお世話をすることが自分に課せられた使命だと思ってパチンコビレッジの余生を過ごそうかと思う。何もしなければ、御両名は5年経っても10年経っても負け組のまんま。否、10年も経てば世の中のパチンカーが皆負け組に属されるかも知れんけど、そうなる前に勝ちと負けの境界線くらいは味わわせてやれたらなと思う。ご本人たちは、そんなことされなくてもそのうち勝てると思ってるかもしれんけど


この二人に関しては、絶対に勝てない。


この3年間彼らを見てきて私には分かる。否、ここの読者なら皆分かる。


自分の品性を変えられる最後のチャンスと思って取り組みたい。


それが天命かも知れないですね。


今年の10月以降。ホジュンを観てきて、ダヒを観てきて古き良き時代を思い出しました。洋子さんというお方は、香川県の三木町というところ。県内全域が田舎だけど、三木町はだだっ広い過疎町であり格別に田舎を痛感させられる地域です。自分が香川に居た頃には近くに林の飛行場があった。林というのは香川県木田郡林村のこと。1989年に高松空港ができるまではそこが県内の飛行場。そんな昔のことまで思いこさせてくれたホジュンというドラマに感謝。ダヒ役のホン・チュンミンに感謝。


韓国ドラマって素晴らしい。


san.mp3

/postcontent-editor/uploads/22/files/SOUND/San.mp3

この物語全般でよく使われたOSTです。私はこの曲が1番好きでした。


2013年 106
2014年 134
2015年 83
2016年 97
2017年 96
2018年 108
2019年 119
2020年 115
2021年 125
2022年 165
2023年 168
1316

去年の投稿回数が165。今年が168。それがせめてもの償いよ。 (19000字)

コメント

  1. 村上亀吉より:

    ゴーニィ様

    本年も気迫の?連投ご苦労様でした。今回は話題があっちこっちへ飛びつつ、まるで短編小説の様でした。

    私自身、改めて今年を振り返ればホールへ足を運べたのは8回きりで兎に角、半月毎に訪れる支払いに終われ疲労困憊した1年でした。
    本業は夏以降ようやく上向いて来たものの、大腸過敏症の様な症状が落ち着かず怠惰な性分と相まって稼働
    時間が十分に確保出来ませんでした。
    流石に年越し直前は詰めて働き、来年からは幾らかやれそうな手応えも感じられ少しはホールへも通えそうです。

    未だ東海地方はおろか東京大阪へも出掛けた事がなく、早く仕事を軌道に乗せ体力がある内に全国の主要都市くらいは一通り見て回りたいと思っています。
    今のところ健康上で大きな懸念はありませんが、50代後半になり著名人の訃報に接すると自分の年齢と比べる事が多くなり、1年1年を大事に過ごさなければと少々焦りも感じます。

    ゴーニィ様も何卒お身体お大事に、新しく年をお迎えください。

    2023年12月31日 PM 3:22
  2. ゴーニィ より:

    村上亀吉様

    おー。今年最後の投稿にコメントしてくるとは素晴らしい。貴殿はまるで書き手の心情を全て見破ってるかのタイミングで1本入れてくるのでアレなんですけど、年8回の遊技ってのは意外でした。

    私は年149回でしたね。

    去年が年168回だからやや微減。

    収支を分析しててびっくりしたことがあるんで年明けに書こうかなと思ってます。来年は1月6日から開演です。

    毎年今年より来年はもっと面白い記事をと思いながらやってるのですが、今年ひとつ思いついたことに毎回朝6時に更新しています。朝起きると大谷第〇〇号ホームランって記事を目にして喜んだように。

    朝起きると更新されとるがやってのが受けるんじゃないかと

    思って毎回朝6時にしました。

    来年もよろしくです。

    2023年12月31日 PM 4:40
  3. ユリアより:

    あけましておめでとうございます。
    連投お疲れ様でした。
    まとめ読みして楽しんでおりました。

    起承転結+αが完璧な記事でした。
    まだホジュンは見ていません。
    馬医とイ・サン、ホジュンだけは数年経っても中々見れません。
    人に面白いと私もよく韓ドラを勧めますが、見てくれる人は1割くらいです。でも人に勧める癖に自分も勧められると何故か手が進まない。不思議です。
    ダヒの言葉素敵です。
    そんな風に思うのも思わせられるのも、考えられるのもできません。

    今年はどんな年になるのか楽しみですが、ゴーニィ様もお身体には気をつけてください。
    体が元気でないと何もできませんから。

    2024年1月1日 PM 11:46
  4. ゴーニィ より:

    ユリア様

    はい。明けましておめでとうございます。

    新年はいつも気持ちが新鮮になる。

    今年1っ発目のコメントが貴殿でしたか。いつも最後と最初のコメントは誰になるのだろうかとドキドキする。ダヒのような人間と一緒にいたいです。

    元気に1年暮らせますように。

    2024年1月2日 PM 1:56
  5. ゴーニィ より:

    馬医、イサン、ホジュン見れないとは

    イビョンフン8作品だけは全部観るつもり。

    それを完結しないと、韓国ドラマが好きだとは恥ずかして言えない。

    2024年1月2日 PM 1:58

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