ふたつの恋愛

紀元前37年に朱蒙(チュモン)が高句麗を建国してから600年。朝鮮の地は、北方の高句麗、東の新羅、西の百済と三国が覇権争いを繰り返していた。554年、百済26代聖明王が、新羅との戦闘中に斬首される事件が起こり、新羅と百済の関係は悪化の一途をたどっていた。朱蒙が高句麗を建国する前から既に新羅は南方に国を構えていて高句麗と敵対関係。朱蒙が国を治めたあとに扶余(プヨ)から正妻が戻ってくることになったため西召奴(ソソノ)は朱蒙と別れ、身を引いて下野しました。そこで朝鮮半島の南西部に作った国が百済です。  
 
 
高句麗(コグリョ) BC37からAC668年  
新羅(シルラ) BC57からAC935年  
百済(ペクチェ) BC18からAC660年  
 
※BCはBefore Christ、ACはAfter Christ。つまりキリスト生誕の前か後  
※紀元前はキリストが生まれる前、紀元後は生まれた後のこと  
この世の中はイエス・キリストが生まれた日を境にして0年が始まるのです。  
 
 
百済は朝鮮半島の南西部。新羅は朝鮮半島の南東部。  
 
 
何故か昔から倭国は百済とは仲が良いのに、新羅とは仲が悪かった。その謎が解けました。イビョンフン監督作品4作目。ソドンヨというドラマを観ています。この作品は2005年9月5日から2006年3月までの作品ですね。  
 
 
ソドンヨ(薯童謡)  
薯を売る少年が新羅の姫に恋をしたという童謡の伝説から彼はソドンと呼ばれました。  
主人公 チャン(薯童公、武康太子、百済30代武王)⇒チョ・ヒョンジェ  
主人公 ソンファ姫(新羅王女、チン・ガギョン)⇒イ・ボヨン  
 
 
恥辱の王は悲しみを生み  
悲しみは過ちを生む  
だが過ちから生まれた者自ら香を焚き  
香を焚いた者は王になる  
王は再び百済を興し大きな栄光を掴む  
 
 
恥辱の王は百済26代聖明王⇒貧民に斬首される  
悲しみは過ちを生む⇒第27代威徳王は祭儀前日にヨンガモと一夜を共にする  
過ちから生まれた者はチャン。威徳王の4番目の王子  
チャンは祭儀の日に誤って香を焚き、それがモンナスの謀反とされてテハクサから逃げ延びた  
チャンは百済復興を成し遂げる。
※モンナス:ヨンガモの婚約者、チャンの師匠博士
※ヨンガモ:舞仙女、威徳王に抱かれてチャンを生む
 

日本に仏教が伝来したのは538年と言われていますが、諸説あって552年であるという方が有力である。  
 
欽明天皇十三年、百済の聖明王から金銅仏と経典が献上された。天皇は躍り上がって喜び「この仏の顔はきらきら輝いている。これほど素晴らしいものは見たことがない。さて仏像を礼拝すべきであろうか」と豪族達に問いかけた。蘇我の稲目は「西の国々ではどこでも拝んでいます。日本だけが例外という事ではないでしょう」と賛成した。物部尾興と中臣鎌子は「天皇は神の司祭者です。蕃神を拝めば必ず神々の罰を受けましょう」と反対した。天皇は仏像を蘇我氏に与えて拝ませた。その後疫病が流行したので、物部氏は神罰と称して仏像を堀に捨てた。ところが火災が起こったので蘇我氏は仏罰と称して再び仏像を拝んだ。  
 
 
日本は神の国、神道。なれど世の中のマジョリティは仏の国、仏教。仏教を受け入れるか受け入れないかで物部と蘇我が対立し戦争に発展する。587年用明天皇の死を契機に両者は激突し物部一族は滅びる。この時戦争の突撃隊長として奮戦したのが当時14歳だった聖徳太子である。ソドン公が生きた時代は聖徳太子の時代と近い。  
 
 
ソドンは580年から641年  
聖徳太子は574年から622年  
 
 
因みに587年用明天皇の後を受けて即位したのは、第32代崇峻天皇であるが日本でただひとり殺害された天皇。初代神武天皇以来126代が天皇として即位しましたが殺害されたのはただひとり。欧米とか中国、朝鮮半島では王は権力争いの渦中にあるため常に命を狙われ殺害されることも珍しくありませんが、日本人の心の中には天皇を敬う気持ちが強いのでしょうね。  
 
 
第32代崇峻天皇⇒592年12月12日暗殺  
暗殺を命じたのは⇒蘇我馬子  
手にかけたのは⇒東漢直駒  
 
やまとのあやのあたえこまと読みます。  
 

 

 

この件に関しては先に馬子を殺そうと思ってたのは崇峻天皇の方で、身の危険を感じた馬子が東漢直駒に暗殺の命令を下したということですが、それでもこのような暗殺事件は他にないので日本という国は諸外国とは違う感じ。天皇とか王に対する敬意が命を奪う事にはブレーキをかける国民性なのでしょうか。


585年用明天皇(太子の父)
587年崇峻天皇
593年推古天皇


710年平城京遷都から794年までが奈良時代
794年平安京遷都から1192年までが平安時代

と呼ばれていますが実質的には500年代の後半。日本に仏教が伝来して以降は奈良県に都があったので、私は奈良時代と呼んでも良いんじゃないかと思うんですけど、日本史の教科書では大和時代とか飛鳥時代と言われています。


593年飛鳥豊浦宮(奈良)⇒推古天皇
630年飛鳥岡本宮(奈良)⇒舒明天皇
642年飛鳥板蓋宮(奈良)
645年難波宮(大阪)⇒大化の改新
655年飛鳥岡本宮(奈良)
667年近江大津宮(滋賀)⇒天智天皇
672年飛鳥浄御原宮(奈良)⇒壬申の乱
694年藤原京(奈良)⇒持統天皇
710年平城京(奈良)
740年恭仁京(京都)⇒聖武天皇、737年天然痘
742紫香楽宮(滋賀)⇒聖武天皇
744年難波宮(大阪)⇒聖武天皇
745年平城京(奈良)
784年長岡京(京都)
784年平城京(奈良)
794年平安京(京都)⇒桓武天皇
1180年福原宮(兵庫)⇒平清盛
1192年鎌倉⇒源頼朝
1603年江戸⇒徳川家康
1868年⇒東京
2024年⇒依然として首都東京は継続


590年からの200年は奈良時代ですね。このように当時は頻繁に遷都してたので今の東京一択時代とは異なります。都を移すという大号令だけで遷都ができたわけですけど、こうしてみると天皇が変わるとか大きな事件が起きるたびに都を移していますね。日本に仏教が入ってから物部と蘇我が対立し、蘇我氏が日本を治めたということで世の中が大きく動き出すわけですけどきっかけとなったのは百済の聖明王からのプレゼント。 これは単なる贈り物ではなくて当時の朝鮮半島の勢力図と大いに関係がある。北から高句麗に攻め込まれ、東から新羅に攻め込まれ日本との関係を強くしたいという百済王の願いによるものでしょう。事実当時は新羅と百済の間には「伽耶」という国が存在し、ここには日本政府も置かれていたので、倭国、伽耶と手を組んで新羅に対抗したいという切実な思いですね。 
※伽耶は日本では任那と呼ばれることが多いです。 


その仏教伝来(552)から10年後、562年に任那は滅びます。 

高句麗(コグリョ)  668年滅亡
新羅(シルラ)  668年朝鮮半島統一 935年滅亡
百済(ペクチェ)  660年滅亡
任那(イムナ)  562年消失
高麗(コリョ)  935年から1392年
李氏朝鮮  1392年から1897年(505年)
大韓帝国  1897年から1910年
日本統治  1910年から1945年
連合軍軍政期  1945年から1948年
大韓民国  1948年から現在
北朝鮮  1948年から現在


 

4世紀の頃の朝鮮半島。この頃は任那の領土かなり大きかったですね。
 

その後新羅が伽耶を滅ぼし、百済が任那を侵攻するようになっていきます。この伽耶の国は土地に塩分が含まれていて作物が殆ど育ちませんでした。その地にソンファ姫とチャンがやってきますが地元民によって人質に囚われました。窮地を打開するためにチャンは農土の改革に取り組みます。土に石灰を混ぜるとミミズが大量発生することを知っていたチャンは、石灰を使ってミミズを呼び込みこのミミズが土に含まれる塩分を消化したために肥沃な土地に変化する。こうして貧しい土地を豊かな土地に変えることができたという話が本編中にありました。

 

 

恐らく聖徳太子が生きた時代には朝鮮半島の勢力図はこのような感じでしょうかね。新羅が勢力を伸ばし660年百済滅亡。668年高句麗滅亡により朝鮮半島を統一するわけですが武王(ソドンヨ)がなくなった20年後くらいのことですから、この頃の朝鮮半島は勢力争いの真っただ中。そんな時代にあって


ソドン公(百済王子)とソンファ姫(新羅王女)との恋愛はまさしく
ロミオとジュリエット


よくこんな恋愛が成就したものだと思って感心しながら観ておりましたが、歴史ドラマというものは脚本家がいて彼らが歴史とは異なる脚本も書いたりするので全てを真に受けることはできんけど百済王と新羅王女が結ばれたってのは事実ですから、途中からはこの二人がどうやって結ばれて行くのだろうということが関心事でした。ソドンヨという歴史ドラマは一言でいえばロミオとジュリエットだけど、単なる恋愛小説にとどまらないのは、当時の歴史背景があるから。冬ソナよりも質の高い恋愛ドラマだと思いました。個人的には姫を演じたイ・ボヨンという役者さんの演技力と美しさに惚れましたが脚本の重要性と同時にキャスティングの重要性。イ・ボヨンの持つ表現力とイビョンフン監督が指揮した筋書が男と女の恋愛感情を視聴者にここまでリアルに訴求できるのかと感心。普段は恋愛物には興味がないんですけど、このドラマだけは別格。


愛し合う男女の表現もまた素晴らしきかな。

 

全74話のうちところどころで冬ソナを彷彿させる演技とBGMがあるんですけど、私としてはミニョンとユジンよりも、ソドン公とソンファ姫の方が良かったですね。質の高い恋愛ドラマを観て頂きたいものでございます。

因みに財団法人 四国産業・技術振興センターの山本さんという人がこのドラマにも触れています。当時の朝鮮半島は 

人材育成の新羅 
物作りの百済でした。 


韓国ドラマに詳しい人なら花郎(ファラン)という言葉を聞いたことがあると思いますけど、新羅では人材の育成に力を入れていました。これは今でいうジャニーズのようなイケメン達が王族に交じって武術、学芸の道を究めて王に忠誠を誓うという集団の育成です。ナジョン祭で花郎が姫に水を捧げる祭儀があり、その役目を果たすはずだったキム・ドハム。ところがソンファが勝手にチャンに衣装を着せてしまってドハムの代わりにその役目を果たしてしまい後々の恨みを買います。ナジョンとは井戸の名前で、この井戸から新羅の始祖、ヒョッコセの卵が浮かんで光り輝いたという伝説のある場所。そのような神聖な儀式をソンファの判断で台無しにしてしまう。キム・ドハム(サテッキル)が終生ソンファ姫とチャンのことを憎んでしまう キッカケとなった出来事なのでこのドラマではかなり重要なシーンでした。 



百済は高句麗と新羅に攻め込まれており外交で打開する道を選びます。そのため百済は国の諮問機関で農業技術、織物技術、工業技術、医療技術に長ける専門集団を育成しました。


折れにくい片刃(刀)を開発⇒当時は両刃の剣しかなかった
年輪と湿度の関係から王の病を湿病と予想
湿度を保つためにオンドルを開発
伽耶は塩水土のため農作物が取れなかったがミミズで肥沃な土を開発
紙質の改良・開発。新しい糊と印刷機の開発
綿織物機械の開発


農業、工業、医療の分野でありとあらゆる開発が出てきます。


当時の百済は何だか今の日本が置かれてる立場と似てるんですよね。資源に乏しい日本は、周りの国に攻められる事を想定して、農業・工業分野で他国を凌ぐものつくりを目指してきました。特に大戦後は急速な経済成長を遂げて経済大国になるまで成長しましたが、基幹となったのは車と家電。トヨタや日産やホンダが。松下やソニーや東芝が日本の経済を支えてきましたが


半導体とパソコンでは中国や台湾に後塵を配し
家電は韓国に後塵を配し
ポータブル家電に関してはアップルに後塵を配する
ということでメイド・イン・ジャパンの神話は崩れ落ちました。


当時の朝鮮半島もこれと似たような事があったわけですね。高句麗と新羅に攻め込まれ、百済は独自の製品開発技術により外交政策でアドバンテージを得ます。戦いを得意としない百済にとってはものつくりが命でした。仏教伝来の時に欽明天皇が、仏教の教えよりもキラキラ輝いた仏像の製造技術に心を奪われていたというのは本当らしいので、この頃から百済の技術は日本のものつくり、特に仏像の製作に大きな影響を与えたのだろうと推測できます。メイド・イン・ジャパンの礎は百済の製造技術だったのかと思いました。その百済では、長年に渡って培った農業、工業、医療技術は「百済神技」という1冊の本にまとめられていました。この百済神技を新羅の王朝が欲しがって、それを手に入れるためにサテッキルは天の峠学舎に潜入。そこで成果を認められ「博士」になると百済神技を全て読む権利が与えられます。百済神技を手に入れればサテッキルはソンファ姫が手に入ると思っていました。


百済神技を使って外交政策で優位性を保つ。
当時の百済は東アジア最先端の製造技術です。
メイド・イン・ジャパンの精神はメイド・イン・百済かもしれませんね。


仏教が入ってきてから日本は大きく変わりました。仏教の拡散に反対した物部氏を蘇我氏が滅ぼしたことにより、蘇我氏が台頭し猛威を振るいます。その蘇我馬子を止めようとして、推古天皇と聖徳太子が立ち上がります。太子が力を持ち始めた593年から半世紀後に中大兄皇子と中臣の鎌足が入鹿を討って蘇我氏は滅亡します。大化の改新、日本で初めて元号が制定されました。鎌足は藤原の姓を名乗り、これ以降蘇我氏に代わって藤原氏が500年以上もの長きに渡ってこの国を支配するようになります。大化の改新が645年でそれ以降保元・平治の乱まで勢力はありました。1156年の保元の乱、1159年の平治の乱により、貴族から武士の時代へと変わり、藤原氏から平家の時代へと移り変わりましたが、この間514年。今でも藤原氏の影響力はかなり強いですね。
 

 

○藤と藤○の姓だけで日本には830万人も存在する。佐藤さん189万人。藤田さん37万人。この人たちは藤原氏の子孫だと言われてますから未だにこの国の7%を占めてるってのは凄いことですよ。


日本の人口⇒12000万人
そのうち藤原氏末裔⇒830万人


552年仏教の伝来
593年馬子VS太子⇒日本で初めての都、飛鳥豊浦宮
645年大化の改新⇒日本で初めての元号、大化
663年白村江の戦い⇒百済救済失敗
672年壬申の乱


668年5月5日、天智天皇(中大兄皇子)は近江国蒲生郡の野に遊んだ。皇族群臣らもみなこれに従った。万葉女流歌人としても名高い額田王(ぬかたのおおきみ)も天皇の妃として従っていたが、昔の愛人である皇太弟大海人皇子に会い、次のような問答歌を交わしている。


あかねさす紫野(むらさきの)行き標野(しめの)行き
野守は見ずや君が袖振る(額田王)

むらさきのにほへる妹(いも)を憎くあらば
人妻ゆえに吾(われ)恋ひめやも(大海人皇子)


天智天皇の側につれたっている額田王に対して、堂々と手を振って愛情を示す大海人皇子に対して「野守(番人)が見てるではありませんか」とはらはらしながらたしなめる額田王。そのたしなめに却ってきりこむように「人妻だからこそ恋しいのです」と大胆な愛情を示してはばからない大海人皇子の姿があった。壬申の乱が起きる4年前のことでした。
※あかねさすは紫の枕詞。紫の染料を取るための紫草を栽培した野で、そこは標(しめ)を張って一般の人が入れない標野であった。そのような場所で手を振る大海人皇子の振る舞いがはらはらして見てられなかった。


絶世の美女


額田王はたいそうな美貌の持ち主だったらしい。はじめは大海人皇子の愛人であり娘ももうけていたが、兄である天智天皇に強奪されて妃となった。娘は後に天智天皇の息子である大友皇子の妻となる。この二人の兄弟の不仲が原因で壬申の乱が起こったとする向きもあるが、実際にはそのような愛情のもつれではなく、白村江の戦いに敗れたことが原因ではないかと思う。552年の仏教伝来以来、百済と日本のつながりは濃密になったと思うが562年に任那が滅びて660年には百済が新羅に滅ぼされてしまったので、百済救済のために朝鮮半島まで出兵しましたがここで大敗を喫したために朝鮮半島とはつながりがなくなってしまいます。外交による富国強兵よりも、内政化に目を向けて取り組み始めたのがこの頃で

 

668年。天智天皇(中大兄皇子)は日本で初めての法律近江令を出します。これが上述した668年近江国蒲生郡の頃でその4年後に天智天皇が逝去されてから大海人皇子と大友皇子との間で戦争が勃発するわけですが、勝利した天武天皇(大海人皇子)は飛鳥浄御原令の編集を指示します。その数年後に彼の妃である持統天皇によって飛鳥浄御原令が施行され、その12年後に同じく持統天皇により大宝律令が施行されるわけです。これによって、班田収授法や三世一身の法、墾田永年私財法と次から次へと法律が整備されていき、日本は律令国家としての発展を遂げることになるのです。


668近江令
689飛鳥浄御原令
701大宝律令


従って仏教伝来以降、百済との関係が親密になっていくのですがその100年後に、白村江で大敗を喫したことにより倭国は朝鮮半島から身を引いて、律令国家へと方向転換をするわけであります。この後日本はチャングムが生きた時代まで朝鮮半島との関わりが殆どなくなりました。倭寇と呼ばれた時代。勘合貿易が盛んになる頃まで朝鮮と日本は疎遠になりましたね。


※日本三大美女
奈良時代では額田王
平安時代では小野小町
戦国時代では細川ガラシャ
額田王は相当きれいな方だったのでしょうね。その美貌ゆえ弟の恋人を兄が横取りし、その兄の息子と弟が壬申の乱で対決するわけです。

 

今日書いた日本史のお話はですね、あらかたは高校時代の日本史の先生から教わったもの。記憶がところどころ飛んでるので、その辺はネットで調べて補完しておりますが思えば私が日本史を好きになったのはこの先生のおかげです。受験勉強で有利に働くために、合格するための戦略として日本史を選んだのは間違いないですが、それ以上に日本史にこだわり興味を持つようになったのは先生のおかげ。教科書には載ってないお話を延々としてくれたので、毎週日本史の授業が持ちどうしかった。東漢直駒とか、額田王をめぐる取り合いの話をそれはそれは興味深く語ってくれたので授業を受けてるというよりも、歴史ドラマを観てるような感じ。映像は流れてないけど、その当時の映像が目にくっきりと映し出されるように語ってくれたので楽しかったですね。こういうのは教える人に依ると思うんですけど、大学受験の為に授業をやるのではなくて、自分がこれまで勉強してきたことを史実に基づいて大河ドラマ風に話してくれたのでのめりこみました。歴史というのは出来事を覚えるのではなくて、関連付けてつなげていくことだと。


記憶力ではなくて


論理的な思考に基づく。男と女の嫉妬とか、恨みつらみと復讐が事件を引き起こす。事件の元になった背景を深く深く掘り下げていくと何故そのような事件が起きたのかが分かるし、それをなぞっていけば記憶していなくても問題は解ける。歴史は文学とは違う。文系というよりも数学的な学問に近い。事件には必ず裏があります。そして日本の歴史としては戦国時代よりも、もっと前の貴族の時代の方が面白いですね。武力によって国を制圧するよりも、武力を使わない時代の方が悪巧みがはびこるので恨みとか恋愛のもつれとかが事件につながりやすい。高校時代の日本史の先生が話してくれた内容も奈良・平安時代の方が面白かったし、東漢直駒とか額田王を取り合う様は面白かった。奈良時代に勢力を拡大した和気清麻呂が道鏡の野望を阻んだ事件も興味深かった。道鏡といえば、奈良時代きっての「悪代官」。僧侶の身でありながら天皇の地位に付こうとしたならず者ですが、その野望を清麻呂に阻まれて激怒した道鏡は


和気清麻呂(きよまろ)⇒和気穢麻呂(きたなまろ)
和気広虫(ひろむし)⇒和気狭虫(せまむし)


きよまろはきたなまろ。そのお姉さんのひろむしはせまむしと改名させて、奈良の都から三重県に左遷させます。今も三重県には和気という地名があると思いますけど、元々は和気氏が道鏡によって左遷させられたから。当時としては清麻呂は救世主でしたがこのような扱いを受けたのでした。そういう話ばかりしてくれるので日本史にのめりこんでいきました。面白い話はこれ以外にもいっぱいあったなあ。

 

肝心のソドンヨのお話について。このドラマには興味深いセリフがいっぱい出て来るのですが、まずは第21話。チャンを蹴落としたサテッキルが巧名の為に鎧を開発した時のお話。恋愛に対する道徳観の違いを姫とサテッキルが言い争います。姫はひとりの女として、人を愛する気持ちが金で買えるのか?って問いかけますがサテッキルは買えると主張する。恋愛とは成功と失敗に左右されるもの。成功を収めれば恋愛が付いてくるけれど失敗したら諦めなければならない。国に対する貢献とか自身の出世の見返りに、姫が貰えると思ってたサテッキルの主張は多くの視聴者には受け入れられないでしょう。


人の気持ちは成功報酬ではありますまい。

 

 

このドラマでの重要な局面。サテッキルとソンファ姫とチャンの三角関係は最後の最後までもつれます。ナジョン祭の頃から姫を慕うキム・ドハムを本意ではないにしろ裏切った形のソンファ姫とチャン。幼い子供の無邪気な行為によって裏切られた気持ちと愛情を心に秘めてきたドハム(サテッキル)でしたが、恋愛の解釈が成功報酬と思ってる人間とそうではないと思ってる人間との三角関係はこの時のサテッキルの言葉に表れています。私は韓国ドラマを観るときは、途中から「面白い」って思ったドラマについては、1回目はただ単に観てるだけですが、2回目からはあらすじを書いていきます。ソドンヨについても全74話のあらすじを書いていて後で振り返ったりします。

 

 

キム・ドハムは新羅の貴族⇒密偵として天の峠学舎に潜り込む(サテッキル)
ソンファ姫は新羅第三王女⇒姫を捨ててチャンの元へ商談の行首(チン・ガギョン)
チャンは百済王とヨンガモとの子⇒ソドン公から武康太子
※天の峠学舎(ハヌルチャ)とは太学舎(テハクサ)と同じ組織を逃げた新羅の地で作った場所

ソンファ姫とチャンは駆け落ちしたけど側近の暴露により居場所を特定されてしまい没。恋人を逃がそうとして新羅と百済国境付近から追手の追跡を阻止したためにソンファは姫の座を奪われ、キム一族は滅亡に至る。自分に何の権利があってキム・ドハムを追い込んだのかという後ろめたい気持ちがあったためドハムの誘惑に負けそうになるが…


好きでもない男と結婚することに躊躇い
自分の罪を謝罪するためにキム・ドハムと結婚することは間違ってると悟り
女としての自分の気持ちを優先する


ここでのサテッキルの言い分は一見正しいように聞こえるがそれは全て間違い。元々は姫が好きだったのにナジョン祭で裏切られ、嫉妬の念に駆られたサテッキル。新羅国王に対して、密偵として潜り込むから成功したら姫を嫁にくれという邪な思いから一方的にソンファに恋心を寄せるだけの事で、その後も彼は百済神技を盗めば姫が手に入ると考え、天の峠学者の仲間を裏切り悪事に悪事を重ねてきた悪代官なので。結果的にソンファ姫のせいで追われる立場になったとはいうもののこのような主張は有り得ないと感じる。結局イビョンフン監督の作品全てに共通するのは


正義と悪の攻守バランス

オクニョではオクニョ(王女)が正で⇒悪代官がチョン・ナンジョン
トンイではトンイ(賤民)が正で⇒悪代官がチャン・オクチョン
ホジュンではホジュン(妾の子)が正で⇒悪代官がユ・ドジ
チャングムではチャングムが正で⇒悪代官がチェ尚宮
サンドではイム・サンオクが正で⇒悪代官がチョン・チス
ソドンヨではチャン(王子)が正で⇒悪代官がサテッキル
馬医では馬医ペクが正で⇒悪代官がイ・ミョンハン(首医)


必ず女対女。男対男の構図になっており主人公とそのライバル関係にある人物との戦いが筋書になるけれど、基本主人公の方が弱くて1対2とか1対3くらいのペースで負け続け、たまに勝って観る人の気持ちをスカッとさせるという展開である。最初から最後までずっと「おしん」では観てる方も辛かろうということで何回かに1度は相手をやっつけて溜飲を下げるわけである。この辺のバランスが狂えばドラマとしては面白くないと感じる。上記の7作品でいえば


オクニョは勝ちと負けのバランスが最高に良かった。
トンイでは相手が少し弱すぎて物足りなかった。
ホジュンは必ずしもこの二人の対決ではなかった。
チャングムでは負けが多かったけど、彼女の能力でスカッとさせる場面があった。
サンドでは負けと勝ちが半々くらいで進行した。
ソドンヨではサテッキルが強すぎたし彼に都合の良い脚本だった。
馬医ではペクよりも相手の首医が強すぎて面白くなかった。

 

ソドンヨに関してはややサテッキルが強すぎるかなという側面はあったが、馬医ほどは顕著じゃなかったのでギリ許せる範囲と思う。このバランスが崩れてたのが馬医であり、相手の首医のウソが強すぎて没。王が物語の後半になるまで首医の肩ばかり持つので観ている方は辛かろう。ここまで相手が強すぎると結局は面白くないと感じてしまう。悪役が物語を面白くするという意見に異論はないが、たまには相手をギャフンと言わせる場面がないと気持ちがスカッとしない。そういう点でチャングムにおけるチェ尚宮は圧倒的な悪の存在だったけど、料理対決では格下のチャングムにも劣るし、ところどころでヘマをやってくれたので「おしん」の中にも光があった。魅せ方とか演出が上手かったと思う。馬医にはそれがなかったのでこの7つの作品では最下位に甘んじる。馬医は見る価値がなかった。

それまでは新羅の王女とそれに忠誠を尽くすキム一族という関係でしたが、サテッキルが阿佐太子を殺してしまったために姫はサテッキルを呼び出して罪の意識を捨てたことを告げるシーンです。私に恋したとは言ってたが、それはほんとの恋ではない。人の気持ちを成功報酬だと主張するサテッキルにNOを突きつけるのですが、サテッキルとしては実らぬ恋ならば、自分が姫の上に立って姫を奪い取れば良い。そのためにはプヨソンに仕えてプヨソンを百済の王に据え、自分は新羅の王になるという野望故の太子殺害だった。これもまたやり方は違えど、姫を想う強い気持ちからの行為であり、サテッキルに罪の意識は少なかった。
 

 

このドラマはソンファに想いを寄せる三角関係と
ソドン公に想いを寄せる三角関係で進行していきます。
 

 

第63話で見せたサテッキルの暴露は衝撃的だったが、その言い分はチャングムの誓いにおけるチェ尚宮の言い訳に似てる。この辺は監督が同じだから似たようなロジックになるものと思われるけど、チェ尚宮はチャングムとかハン尚宮が自分と同じ立場だったら同じことをするだろう?そうせざるを得ないだろう。家を守ろうとしてやっただけのことだから悪事であっても悪気はなかったと。この言い分は殆どの視聴者には受け入れられない。サテッキルはチャンの恋は純粋で私の恋は何故純粋ではないのか?と主張するが、やはり恋は成功報酬とは違う。


恋愛を成功報酬と考えるところに最初の躓きがあるのに、それを否定しないでソンファ姫を手に入れるために。好きな人を奪われたチャンを自分のひざ元にひれ伏させるために、権力にかじりつき太子も王も殺してしまうのは視聴者には受け入れられない。やはり大半の人は、純粋な愛を支持する。チャンとソンファ姫の愛は純粋そのものだ。

 

チャンはサテッキルにこう言う


違う道を選ぶこともできるけれど、それでも選んでしまうのが運命だ。


百済の民と新羅の王女。百済と新羅は建国以来ずっと仲の悪い敵対関係にあった状況で、結ばれるはずがない二人の人生。それは後にチャンが王様の子であるってことが発覚した後も、極めて高いハードルであったはずだがこの両名は幾多の試練と逆境を乗り越えてお互いが相手を自分の運命として選んでしまった。違う道を選ぶこともできるけれど、それでも選んでしまうのが人生だ。そう思える相手に出会える人は限りなく限りなく少数派だと思うけど、このドラマではそれを描写した。故に質の高い恋愛ドラマだと感じたし、それと並行して百済と新羅と倭国という三角関係をリアルに描写できているので大変興味深く拝見させて頂きました。普段


恋愛物は好きではありませんが


このドラマだけは別格。


サテッキル:「お前がいなければ俺は新羅の忠臣だった。新羅もソンファ姫も俺のものだった。お前がいなければプヨソンなどに仕えはしなかった。お前が俺の座を奪った瞬間俺に残されたのは裏切りと敗北の道だけ、悪事だけだった。逃げられない運命だった」。


チャン:「避けられるのに進んでしまうのが運命なんだ。逃げられないだと?逃げることはできた。お前が進もうとした道が最初から間違っていただけだ。お前は大切なものを守るために悪に立ち向かったことがあったか?命がけで恋したことがあったか?自分の出世が目的で悪事を重ねてきたくせに勝手な言い訳をするな。


サテッキル:「教えてくれよ俺が何をしたというんだ。これほどまでに何も残らず全てに見放されるほどの罪とは何だ?」。


チャン:「何も愛さなかった罪だ。お前は新羅も姫様も学舎の仲間も物作りも人生さえも愛さなかった。恋も国もただの道具として利用し尊敬しない主君にも仕えた。俺が姫様に口紅や歌を作る一方でお前は何をしていた。新羅の国王と取引をしていた。胸躍らせる代わりに計算をしていたんだ。逃げられなかった?それは違う。いつでも抜け出せたのにお前は自らその道を選んだ。悪の道と知りながらあえて選んで歩み続けたんだ」。


これがサテッキルとチャンの違いだった。


恋愛を成功報酬ととらえる考え方が理解されるはずがない。それはいつの世も同じこと。


悪に染まらない生き方は、自分の力で方向転換しようと思えばできるけどそれができる人間とできない人間とに分れるのはどの世界でも同じ。パチンコで負ける世界に染まってしまう人間は、それが駄目だと分かっていてもその道を選んでしまう。オカルトから逃れられない人間は、他人から何度説教されても、その道を、負ける道を選ぶだろう。それを変えられない人間の責任は全てその人にある。


サテッキルの最後

彼が最後花郎としてチャンの前に立ち王を殺害しようとしたときに言い争いをしたのが上のセリフ。それまでは常にチャンよりも強く、チャンよりも上をいく存在だった彼が、太子を殺し、威徳王を殺し、ソンファを奴隷にするとまで言い切った悪の権現がチャンの言葉を聞いて死を悟り最後に残したのが次のような言葉。ソンファ姫へのときめきを隠して、王との約束を遂行することが、私なりの愛し方だった。この言葉を聞くと、チャングムのチェ尚宮のような悪役とは違い、歯車さえ狂わなければ彼は悪人ではなかったと不思議な気持ちと同情があった。ときめきを一切隠さずに真っすぐ恋に生きたのがチャンでありソンファ姫ならば、ときめきをひた隠していきたのがサテッキル。どちらの愛も愛の深さは変わりはなかったのだろうと。


ロミオとジュリエット

そういえばベタな恋愛ドラマですけど、そこには百済と新羅と倭国の歴史がこのドラマには大きくかかわってくるので、本日紹介したような日本の歴史と朝鮮半島の歴史を知っておればこのドラマが更に面白くなる。ですから本日公開した記事の内容を事前知識として頭に入れておいて是非、ソドンヨという韓国時代劇ドラマをお楽しみください。メチャクチャ面白いはずです。これでイビョンフン監督の8作品を全て観ましたが

第1位宮廷女官チャングムの誓い(ダントツの1位です)



2位ソドンヨ
3位宮廷医官ホジュン
4位オクニョ運命の女
5位トンイ
6位商道サンド
7位イサン
8位馬医


チャングムがダントツの1位でした。やはりハン尚宮の死が受け入れられず、あれほどまでに理不尽な結審はない。彼女の死が大きいです。死ななくても良い脚本かと思ったこともありましたが、ハン尚宮が理不尽な死に方をした事が視聴者の頭に強く残ったし、その矛先はチェ尚宮とチェ・パンスル商会に向けられてチェ一族憎しをチャングムと同じ目線で観ていられたのが素晴らしかった。25話でハン尚宮とチャングムが抱擁するシーンを観たいがために観た前半。その時が頂点だったけど、そこから奈落の底に突き落とされて這い上がっていくチャングムに身も心も傾注した54話だったと思います。


ただしチャングムの場合は60分から70分ノーカット版54話に対してNHK版及びレンタル落ちでは60分×54ですからかなりかッとされているのが悲しいし、市場に出回っている商品でノーカット版は容易には手に入りません。これに対してソドンヨは60分×55話の尺なんですけど、BS日テレでは74話に拡張して放送しています。ということは60×55と74×45を比較すると


チャングム3510分⇒3240分(8%カット)
ソドンヨ3300分⇒3300分、ほぼカットされてないんですね。


ソドンヨに関しては殆どカットされずに観られたのだと思います。それがまた素晴らしいのですが、45分尺の放送の中で、時折元映像の第〇〇話ってのを消していますから、本編をつないで55話を74にしてるはず。この辺も有難かったです。ソドンヨを見終わった時点で、ホジュンより上だと感じたので2位にランク付けしましたが、冬ソナを凌ぐ恋愛ドラマ。そこに百済と日本とのつながりを感じながら、メイドインジャパンの礎はメイドイン百済だったことに気付いて朝鮮半島と日本との親交を考えて欲しいドラマになってます。


新羅と倭国⇒犬猿の仲
新羅と百済⇒犬猿の仲
百済と倭国⇒友好関係


このような歴史背景にあって、新羅の王族と百済の王族が結ばれるなんてことが本当にあったのだろうか?というのが最初から最後まで疑っていて半信半疑だったのですが、最後の73話と74話を観てやっと腑に落ちました。こういう筋書きなら実際に有り得たんだろうなあと思って脚本を評価しましたけどお互いが高句麗と距離を置くためにチャンとソンファを利用しました。実際にはチャンが武王に即位した数年後には両国の関係が悪化し、武王が死んだ20年後には百済は新羅の侵攻を受けて滅びます。史実では両王族が結ばれたか否かは分かりませんが、敵対する国に姫を嫁がせて見せかけの友好関係を築くことは古代史の常套手段なので有り得ない話ではないけれど、ソンファ姫は本当にいたのかどうかは興味深いです。善花(ソンファ)の姉が中心になる韓国ドラマが善徳女王なので、そちらを見る機会があればソドンヨとは違った見方にもなるのでしょうが一般的にはソドンヨよりも善徳女王の方が視聴率が高いので、私はこの後善徳女王をレンタル視聴するかもしれません。


新羅真平王の娘
長女 チョンミョン
次女 トンマン(善徳)
三女 ソンファ(善花)


ソドン公即位が600年(ハタチの時)
ソドン公(武王)没が641年
百済滅亡が660年
そして白村江が663年

 

恥辱の王は悲しみを生み
悲しみは過ちを生む
だが過ちから生まれた者自ら香を焚き
香を焚いた者は王になる
王は再び百済を興し大きな栄光を掴む


552年百済の聖明王がに日本に仏教を伝え日本は大きく変わります。その聖明王が新羅の貧民に首を落とされて始まるのがこの物語です。そこから威徳王とヨンガモの出会いがあり望まれない王子の誕生。彼がこの主人公チャンであり、そのあとはここまで書いてきた通り。チャンとソンファ姫とサテッキルの激しい戦いが物語の中心です。

 

姫の座を捨ててチャンの為に百済まで追ってきたこの二人の絆は本物でした。

 

こんな卑しい花郎の姿をお見せして申し訳ありません。

ですがどうか信じてください。

私は正しいと思ってた。

堂々たる花郎として姫様の前に立つことが

私の愛し方だと思っていました。

姫様に対するときめきは隠して王様との約束を遂行することが

私の愛し方だと。

それが私の過ちであり致命的な罪だとも知らずに

だけどありました。私にも

姫様へのときめきと恋心…確かにありました。

もう記憶もおぼろげですが

私のいないこの世でどうぞお幸せに


Seo Dong Yo OST3 FlowerLight

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サテッキルが死ぬ時の言葉とその時に流れた音楽です。途中までは憎たらしい悪人でしたが、この言葉を聞いて姫は号泣し視聴者の涙を誘います。今まで悪人の最後がこれほどまでに痛々しいと思った事はありません。物語上ではサテッキルはチェ尚宮にも匹敵する悪役ですが、何故か私は悪人とは思えない善の心を感じていました。悪人は皆悪代官ゴーニィに通じるような何かがあるからでしょうか。

 

ソンファ姫の子役。役を務めたこの人はその後自殺しました。今では故人です。

踊ってる姫を影でこっそり見つめるサテッキル

姫にプレゼントする弓をこっそり作ってるサキッテル

幼少期姫に憧れて姫を慕ったサテッキルの想いもまた純粋でした。

 

昔新羅に薯童謡という歌が広がりました。その歌の主人公である百済の王チャンです。私たち二人は国も身分も違っていたため何度も別れを強いられ試練にさらされました。然しそれらの試練は私に姫様が如何に大切な人かを気付かせてくれました。両国の間に国境は引けても互いを思う気持ちに線は引けません。だから王となった今も二人の恋を実らせたいという思いに変わりありません。王である前にひとりの男として姫を愛します。百済人である前に夫として姫を守ります。夫である前に生涯の同志として尊敬します。謹んで求婚いたします。貴王室のソンファ姫を私の生涯唯一の伴侶かつ百済の王妃にお迎えしたい。ソンファ姫は私にとって最初で最後の方です。
(百済王チャンが新羅真平王に送った求婚書)。


善花姫(ソンファ)には好きな人がいる
夜に薯童(ソドン)と情を交わすそうだ

チャンが姫の意地悪に仕返ししようとした歌詞です。自分のせいで死なせてしまったと思ってたチャンが生きているということを知り姫がチャンを探すためにメロディを付けて全国に流行らせた童謡でした。それがこのドラマのタイトルになってます。
 

ときめきを隠して生きる恋愛と
ときめきを隠さずに生きる恋愛

貴女はどちらを支持しますか。

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