策略

恐れていたことが現実のものになったけれど大谷翔平の身体に悲劇が起こった。


7月ぐらいから度重なる痙攣。身体の疲労が指摘されていたにも関わらず試合に出続けていたことによる疲労の蓄積が原因とされているけれど本当のことは私には分からない。ただ素人目にも見えた身体の疲れは回避しようと思えば回避できたと思うので、その点については誠に遺憾であります。ただただエンゼルス首脳陣の無能ぶりを嘆くしかないが、試合に出る出ないを大谷の判断で決めさせていたという事が今回の大惨事につながった訳だから責任は勿論、大谷本人にもあることは分り切っている。7月の時点で私はもう今シーズンは投げなくても良いと思っていたし、それくらい今年の彼の投球内容はおかしかった。その時に止めておけばは勿論結果論と思う。


本人は靭帯が分裂するとは思っていなかったであろう。


5月15日のボルチモア・オリオールズ戦 3被弾5失点
7月4日 サンディエゴ・パドレス戦 2被弾5失点
7月14日 ヒューストン・アストロズ戦 5回5失点
7月21日 ピッツバーグ・パイレーツ戦 4被弾5失点


この辺はまさに火だるま状態だった。

 

5月15日の試合とかは初回から球が走ってなくて見るからにおかしかった。今年の彼の投球は過去3年間で1番球が走っていないと感じたけど、思えばその頃から組織の分裂は始まっていたのだろう。それが十分に休みを取れば切れる前にくっついて元通りになる構造だと医師が言ってたけど、休まずに働き続けたので今回のような結果を招いたものと思われる。5月、6月、7月の大谷のピッチングは今までとは違っていた。去年までなら軽く162km出てた真っすぐが今年は150kmも出ないこともあった。146km程度の真っすぐを何度も見せられて唖然としたことが度々。だから7月に無理したからではなくて、去年までの2年間で既に肩の疲労は発生していたものと思われる。


2021年130イニングと1/3
2022年166イニング
2023年132イニング


つまりこの3年間で428イニング。年平均143イニングで二刀流の肘は崩壊した。


打者で年間600打数フルスイングしながらのピッチングではこの辺が限界なのだろう。年間140イニングで肩とか肘が壊れる事が判明した。二刀流に拘るのであればもう年間100イニングペースでしか投げられないということが分かったけれど、これはこれから同じ道を目指す人への道標となろう。メジャーのことをよく分かっていない人たちは中継ぎでどう?抑えをやらしたら?って言うけれど、日本と違って向こうはベンチの前で投球練習をしてはならないことになっている。ブルペンは必ず外野の遠い先にある。よく考えて欲しいけれど、打席に立ちながらベンチから外野の奥まで何度も往復しながら救援登板に備えることがどれほど過酷な事か分かって欲しい。そんなことどだい無理なのだ。

 

肩を作るための練習場はベンチから120mも離れたところにあるのだよ。


無理でしょ?


日本ならベンチの前に出てキャッチャーを座らせて投球練習はなんぼでもできる。日本なら救援投手での二刀流はOKだ。でもメジャーでは無理だ。

 

WBCが原因だと主張する人は沢山いる。


私はそれが原因だとは思いたくはない。ひとつの要素かも知れないけどWBCで投げたから肘が壊れたのではなくて、WBCで投げてもその後のケアがしっかりしていれば、避けられたであろうけど、どの段階で肘の断裂が始まるのかは過去に二刀流の例がないだけに予測は難しかったと思う。WBCよりも過去3年間の600打数のフルスイングと年間140イニングの全力投球。とりわけスライダーの多投が肘への負担を重くしたのではないかと推測するけれど、今年に関していえば


4月27日ホームでのアスレチックス戦。この試合は途中までは良かったけど5回くらいに2被弾して5失点した時に、私は去年までとは違うなと直感した。球が軽いというのか?球威がないというのか?勿論打たれたのは変化球だけど、真っすぐが162km出てるときは変化球が甘くなっても容易には打たれない。打たれるのは真っすぐとスライダーの速度が縮まった時。この頃私はビレッジの記事の中でも、何で今年は打たれるのか?という事で記事を書いてると思う。かなり的外れなロジックもあったのだと思うけど、その時点では肘の断裂は予想していなかったので、私が書いてきたようなロジックで押し通すしかなかった。


投手の肩と肘の疲労は成績に直結する。
 

 

私がこれまで見てきた中で最高のピッチャーは江夏、江川、山田久。色々と候補になる投手はいるんですけど1番は誰かというとやっぱり斎藤雅樹ですね。何故斎藤にそこまで惚れ込むかというと彼の全盛期は兎に角1点取れば勝ちだったから。斎藤が完投・完封して1対0で勝っちゃうから。相手打線も斎藤が出てきたらお仕舞のお手上げで打つ気なし。全盛期の斎藤雅樹はそれほどまでに完璧なピッチャーだったけど、その印象をより濃くしてしまったのは巨人打線の不甲斐なさでしょうねえ。1980年代の半ばには、阪神はバース、掛布、岡田の強力クリーンアップだったけど我ら巨人軍は、吉村、原、クロマティという強力なクリーンアップで阪神に見劣りしないような攻撃陣だった。特に吉村は私が愛知県に渡った頃にブレイクした選手で、ナゴヤ球場に観戦に行くと1回の表にパッカーーーンと吉村がホームランを打って試合が始まるというのを何度も経験しました。それほどまでに将来を嘱望された若きスラッガーが1988年の7月札幌円山球場で、外野フライを取ろうとしたときにレフトとセンターが思いっきり衝突してしまい吉村は担架で運ばれるほどの大怪我。左膝の靭帯を3本も断裂するという負傷をしてしまい表舞台から姿を消します。結局この年は巨人がぶっちぎりで首位を走っていたのに、吉村の怪我から躓いて星野ドラゴンズに追い上げられて中日の大逆転優勝となりました。あの怪我さえなければと何度も思いましたけど、吉村が怪我で戦線を離脱してからの巨人打線はじり貧に追い込まれていきます。原辰徳は1988年以降は普通の成績で終わったし、クロマティがホームランバッターからアベレージヒッターに変わったのでいよいよ巨人打線はホームラン打つ人がいなくなり、1989年から1995年までの7年間は本当に酷い貧打線でした。
※吉村禎章⇒今年3月のWBCで打撃コーチ。もし怪我がなければ巨人の不動の4番

 

その間貧打線を補ったのが斎藤、桑田、槇原の3本柱


この3人がいたから巨人はそこそこ強かったんですけど、とりわけ斎藤の信頼度は素晴らしかった。結局吉村が怪我で離脱してからの巨人打線はずっと貧打線だったんですけど、これを解消できたのは松井秀喜が巨人に入団してからですね。松井がホームラン38本を打つ1996年まで巨人の貧打は解消されなかったので、ひとりのバッターによる影響度というのはかなり大きいのです。こうした背景があるために斎藤にはかなり世話になったと思ってるし、弱い巨人を強くしてくれた彼のピッチングには手を叩いて褒め称えたいんですけどその斎藤でさえ疲労には勝てなかったというのが数字にも表れているんですよ。

 

上記の画像が斎藤投手の成績ですがこの中で特に


1989年 20勝7敗、245イニング、防御率1.62
1990年 20勝5敗、224イニング、防御率2.17
1991年 11勝11敗、178イニング、防御率3.38
1992年 17勝6敗、187イニング、防御率2.59
1993年 9勝11敗、149イニング、防御率3.19
1994年 14勝8敗、206イニング、防御率2.53


に注目して欲しいんですけど、隔年で良い年と悪い年があるんですね。

 

2年連続20勝した時は2年間で469イニングを投げましたが、その翌年はかなり打ち込まれて僅か11勝で終わるんです。これ以降良い年と悪い年が交互にやってくるんですけど、平成の大エース斎藤でさえ年間200イニング投げると必ずどっかで打ち込まれる時がある。ピッチャーにとって肩とか肘の疲労蓄積は本当に怖いんですけど、だからこそメジャーでは先発投手は100球を目処にしてマウンドを降ります。肩をセーブしながら1年間を戦う訳ですね。因みに次は読売の成績なのですが、これを見ると本当に巨人の年間成績と、斎藤の年間成績とは見事にリンクしますね。

 

1989年 優勝
1990年 優勝
1991年 4位
1992年 2位
1993年 3位
1994年 優勝


斎藤が良かった時は、巨人は優勝かそれに準じる成績なのに、斎藤が悪かった時は4位と3位で優勝争いには加われていない。


斎藤の成績と巨人の成績がリンクする。

 

今回の怪我は大変悲しい出来事ですが、私自身は早めに発覚して良かったのではないかと思ってる。いや怪我したことが良かったのではなくて、そういう深刻な問題がFA前に分かったことが彼の将来にプラスになるのではと思う。投手の怪我はその選手の商品価値を大幅に下げることになるから来年の契約は、当初見込まれていたような10年で総額1000億円を超えるというような数字にはならない。大谷選手にとっては大幅な金額ダウンを飲まざるを得なくなったわけだけどそれで良かったのかもしれない。長期契約で望外な金額で契約した後のシーズンで同じような怪我が発生すれば、それこそ世論の袋叩きにあう。それが強いチームになればなるほど批判が強まるので選手として居心地の悪い生活を長期間にわたって送ることになったであろう。第二のレンドーン状態に陥ったと思うので

 

それが回避できただけでも良しとする。

 

怪我を肯定する訳ではないけれど、去年までの段階ではいつ、何処で怪我が起きるのかは二刀流選手のことについては誰もよく分かっていなかった。エンゼルスから他のチームに移ったとしても、どうやったら怪我が回避できるのかは分からなかったと思う。エンゼルスでやらかさなかったとしても、どの道どっかの球団で今回のような右肘靭帯断裂は不可避だったと思う。勿論この3年間の大谷翔平が働き過ぎなのは誰でも分かると思うけど、怪我をする境界線はどこかと言われたら分からない。分かったのは今だ。2021年のフル稼働と2022年のフル稼働で既に兆候は出ていたし、そのままのペースで試合に出続ければエンゼルスでなくても

 

どの道肘は壊れたのである。


ならばFAで移籍した後よりも、移籍する前に分かった方が良い。

 


例え給料が大幅に下がったとしても、大谷選手は大谷自身がやりたい道を進むことが1番幸せなのだと思う。年間100億円で契約してもらえるはずが、年間40億円に下がったとしても、それでも年間40億円×10年間なら400億円なのだから。ひとりの人間が稼ぐ金額に何の不満があるものか?

 

ただ今回の件で今まで移籍最有力だったドジャースは手を引くと思う。ここは手堅い戦力補強で有名だから。ドジャースが手を引けば、ジャイアンツの線もないし、西海岸ではエンゼルス居残りくらいしか思いつかない。テキサスはデグロムとシャーザーに払った金が大き過ぎて冒険できないし、アストロズにはDHにアルバレスがいるから獲得には動かない。8割くらいはエンゼルスに面倒見てもらうことになるのではないだろうか?

 


となるとひとつの疑惑が浮上する。


今回の大谷選手の怪我で得するのはエンゼルスだけ。大谷ファンもエンゼルス以外の29球団も大谷選手の怪我など望んではいないし、球界の宝であるという認識には変わらない。なのに何故こんなにも陳腐な事態を招いたかというと、エンゼルスが大谷翔平を引き留める唯一の方法は


大谷自身の右肘の怪我なのである。

 

エンゼルスの首脳陣とかチームドクターは、このままのペースで試合に出続ければ深刻な状況をもたらすであろうと予想できていた。勿論、いつ、どこで、どの部位が怪我するのかは分からんし狙って右肘靭帯部分断裂を引き起こせるものでもない。然しながら、今の状況では今年のオフに大谷選手がFA宣言せずにエンゼルスと再契する可能性は、極めて低いだろうという事も分かっていたはず。エンゼルスに残せるだけの力があるはずがないことくらいはモレノも、ミナシアンもネビンもみんな分かっていたはずだ。


モレノオーナーも
ミナシアンGMも
ネビン監督も


99%大谷翔平はよそのチームに行くだろう。分かっていたはずだよおっかさん。


だから試合に出るか出ないかの選択権を、大谷翔平に与えた。

 

まるで大人と子供の試合である。大谷は試合に出たいという欲求と何とかしてPSに出たいというチーム事情の為にがむしゃらになって試合に出続けたと思う。監督が休めと言っても、そもそも休みか出るかは大谷自身に選択権が与えられていたのでいわばこのチームではやりたい放題だった。然しながらそんな純真な子供の心をあざ笑うかのように、内部ではしたたかな腹黒い大人の戦略が綿密に用意されていた。大谷に選択権を与えればいつかは怪我をするんじゃないかと。深刻な怪我してしまえば大谷獲得に動く球団は大幅に絞られる。いや今回の怪我なら、右肘の手術を伴うと思うので


(1)いつ手術を行うか
(2)手術に踏み切るまでの試合をどうするか
(3)術後の経過期間内に、よそのチームと長期契約が結べるのか


エンゼルスであればそうした問題に全部答えてくれるだろう。手術をするかしないか。手術をするとなったらいつがベストかという問題に100%答えてくれるのはエンゼルスしかないと思う。それが彼らの狙いだ。

 

試合に出たいと心から願う純真な子供の心につけこんで

一方では

怪我せえへんかな?怪我したらうちに残るでという腹黒い大人がいる


お前らみんな悪代官やで!

 


因みに今回の肘靭帯損傷は、恐らくは手術しないと完全復活は無理。医師の話によれば、靭帯というものは例え部分的であっても切れたものは手術しない限りくっつくことはないらしい。自然治癒で靭帯がくっつくってことはないらしいので162kmの真っすぐを投げ込もうと思ったら手術以外に方法はない。手術しなければ150kmのストレートでどこまで行けるかって話だけど、それは手術回避で靭帯治療にかけた今のマー君を見ればどうなるかは明らか。手術しなければ二刀流は無理ですね。


2021年9勝2敗、防御率3.18
2022年15勝9敗、防御率2.33
2023年10勝5敗、防御率3.14


3年間二刀流としてほぼフル回転した姿を見せてもらった。こんなに嬉しいことはない。それで十分じゃないかって思う。


150km程度の真っすぐでボコスコに打たれる大谷翔平の姿は見たくない。投手としてやるんならトミージョン手術を受けて完全復活を願うし、今後の人生はベーブ・ルースと同じ道を歩くのも悪くない。どっちに転んでもそれを決めるのは大谷翔平自身。

 

怪我をしたことにより8割方エンゼルスに残留することになりそうです。

 

ドジャース、ブレーブスをはじめ金持ち軍団、常勝チームは大谷獲得から撤退するはず。打者としてでも獲得を願う球団ならまずは東のニューヨーク・ヤンキースとボストン・レッドソックスが有力。特にヤンキースは今シーズン低迷していますが、その主たる要因は左の強打者がいないこと。中軸はジャッジ以外は2割3分程度の打者ばかりでチーム打率が低すぎる。このチームに大谷が加われば、WSを狙える球団になるとは思うけど、ここのGMはリスキーな選択を好まないので、大谷を獲得すれば打者専念が予想されるし、今までみたいに好き勝手にやれるわけがない。ヤンキースというチームは選手の自由を許さない。試合に出る出ないも全て監督とかGMが決めるし、どのポジションに就くかもGMが口出しするので大谷にとっては居ずらい環境になるだろうな。

 

キャッシュマンGMは
殊更そういうのに厳しい。


怪我のリスクを抱えながら大谷に投げさせることを嫌う。松井が怪我した時も、それ以降は1度もレフトの守備に就かせてもらえなかったけれど、それらはすべてキャッシュマンGMの指令によるものだった。2007年のシーズンオフに松井に膝の手術をさせたのもキャッシュマンGMの指示であり松井に選択の自由はなかった。ヤンキースに入れば大谷に自由はない。それでも甘んじて受け入れるか?今はミナシアンGMとの対話によってある程度大谷の意思も尊重されている。肘の怪我が発覚した後も打者として試合に出られているのは、エンゼルス首脳陣から大事にされている証だし、自由にやらせて貰えている点がヤンキースとは全く違う。

 


今回の記事を書くに当たり、斎藤雅樹の成績を載せたのは、斎藤のような超一流の投手であっても、200イニング投げたあとは成績がふるわなかったってこと。1989年と1990年がピークですが、この2年間で469イニング投げたことがたたってそれ以降は、徐々に徐々に打ち込まれ始めます。恐らくは469イニング投げた以降の年は、肩肘に怪我を抱えて投げるような状態だったと予想しますが、良い年と悪い年が隔年で来てるということや2年連続で20勝した時のような盤石ぶりはそれ以降は1度もなかったのでピッチャーにとって長いイニングを投げるというのは本当にリスキーな事。1989年は年間30試合で245イニング。ということは1試合平均8.17イニング。1990年は27試合で224回なので1試合平均8.3イニング。ほぼ毎試合完投しているようなものなので投げ過ぎは明らか。当時は藤田監督が完投させたい主義だったので、監督の意向には逆らえなかったものと思いますけど、斎藤が年間170イニングぐらいでずっとやってればもっと息の長い投手になったと思う。キャリアで180勝だったけど、この2年間で無理をしなければ200勝はいけたはず。ピッチャーというのはある時期無理をして投げ過ぎると、


必ず後から響きます。


1刀流で200イニングを続けると肩肘を壊すことが分かってますけど、これが二刀流となればもっと短いイニング。


年間100イニングしか投げれないってことが分かっただけでも収穫はあったと思う。


この経験を生かして、今後の野球人生の糧として欲しい。

 

もう息子みたいに思ってるんでね。1ファンではないです。殆ど親父目線で息子を見守るような感じで見てますけど、今回の怪我は私自身も泣きそうになった。泣きそうになったけど前を向いて行かなならんので、前向きにとらえております。投手が駄目でも良し。手術して二刀流を続けるもよし。何があっても大谷選手を応援することには変わりない。王貞治がいたときは王だけを見ていたし、松井秀喜がいたときは松井だけを見ていたけれど、今は大谷翔平だけを見ている感じ。やっぱり僕は自分自身が左バッターなんでね。右よりも左打者の方が好きなんどすわ。


王貞治
松井秀喜
大谷翔平

 

この3人だけですね。リスペクトするのは。
 

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