恋愛と権力

投稿が始まるとしばらくは何日も連続して投稿しておりますが、一旦投稿が止まると2Weekぐらいは全然投稿しないこともあるのでどしたん?かと思ってる人もおられるでしょうけどご心配なく。別に投稿を止めるつもりはないし、1ケ月終わってみれば毎月10回くらいは投稿してるんで問題ないでしょう。意図的にこのような投稿に変えたのはいつパチンコ打ったのかを知られたくないから。店を隠すのは言うに及ばず、何時、何処でというのもひた隠しにするために2週間くらい間を空けております。


大体人の記憶も1週間


それ以上古くなるとまず覚えてないと思ってるのでこちらの思惑通り。2週間前のイベントがどうだったかを正確に思い起こせる人は滅多にいないと思うし、その間の出来事を時系列逆転させて書くと特定するのはまず無理でしょう。日毎に書いておりますが、遊技した順番とは全く関係なく表に出しております。どの順番でUPするかを考えるのに凡そ2週間必要なのでそのための「期間」を設けています。今回もこれを最後にまた当分UPしないけどよろしく。

 

今月は月初めに風邪を引いたので、家で休んでるとき韓国ドラマばっかり見てたけど、韓国の時代劇見てて1番気になるのは身分の差ですかね。勿論日本にも身分の違いというか身の程知らずと叱責されるシーンは度々目撃しますが、日本の時代劇では身分の差を超えての結婚がそれほど大袈裟に取り上げられなかったと思うんですけど、韓国ではこういうのは非常に厳しいです。両国の時代劇共に何故か1500年から1800年頃を描いた作品が多く、日本で言うと戦国時代から江戸時代中期まで。どの国もドラマティックな出来事が多かったのは、この時期なのかと思うんですが


日本では武家の時代で1600年から1850年までは鎖国をやってた時代。

朝鮮半島は500年続いた李氏朝鮮の途中まで。

 

武士が台頭するまでは日本でも貴族と平民の差は圧倒的に違ってたと思うし、そもそも貴族とそれ以外の人との恋愛話はあまり聞いたことがないので分からない。勿論奈良、京都に都があった時代には身分の差で悲劇の人生だった人は沢山おるんやろうけど不思議なことにそれを大河ドラマで残酷に描かれたのを見たことがありません。もしかしたら日本人というのは、身分の差で結婚できないような悲劇を描写するのがあんまり好きじゃないのかも知れんし、それよりももっと権力争いとか殺し合いにスポットを当てたがる国民性なのかも知れません。悲しいことに日本でヒットした民方の時代劇は殆どが江戸時代のもの。水戸黄門に暴れん坊吉宗、大岡裁き、銭形平次、鬼平犯科帳、必殺シリーズその他諸々時代劇は全部江戸時代です。故に江戸時代以外の身分の差を見せてくれたのはNHK大河ドラマぐらいですが、その中でも身分の差を超えた結婚話というのはあんまり聞かないんですねえ。

 

一方朝鮮半島は、高句麗、新羅、百済3国分立時代から高麗が抜け出して国をまとめ上げた時代がしばらく続いたのち1392年に李氏朝鮮が国を開いて朝鮮半島は国がひとつになり長く平穏な時代が500年間も続きました。 
 

 

チャングムとオクニョが日本で言うと戦国時代  

ホジュンとトンイとイサンが江戸時代ですね。  


本当に面白いことに日本も韓国も1500年から1800年間の300年間にスポットを当てた歴史描写が数多くあります。この時代の身分制度は


日本では士農工商
武士>農民>手工業民>商人

 

朝鮮半島では
両班(ヤンバン)⇒富裕層、貴族
中人(チュンイン)⇒物書きができる人
常人⇒平民
賤人⇒僧侶、女官、妓生、医女、奴婢、白丁

 

日本でも律令がまだ整備されなかった時代には、良民と賤民とに分かれていてその賤民の中には五色の賤という区分けがあったくらいですから相当酷い身分格差を露呈していたものと思いますが、それが1500年から1800年辺りまでくると、国の制度も整備され形を成してくるので身分の差を重視するような国作りは徐々に薄れてくるはずなんですが何故か朝鮮はその差が大きかった。両班以外は人でなし。両班と中人とでも雲泥の差だったらしいですから、それ以下の常人とか賤民まで落ちでしまったらどうしようもない人生だったでしょう。妓生は今のキャバ嬢。僧侶、女官、医女でも賤民だったと知って驚きですが、奴婢、白丁に至っては死も同然の扱い。かなり強烈な不条理格差ですが、それが割と近代においても存在してたということが哀れです。日本の身分の差は割と理にかなっていて、真剣殺陣で常に死ぬかもしれないというリスクを伴う武士が最上位。それ以外では鎖国で自給自作を余儀なくされる時代だから、まずは農民と漁民をその次に置いて。ものつくりする職人を3番目に置いて、割と重要だと思われる商人を最下位に置いたのはそれなりに理由があってのこと。一部の人に金を握られるのが嫌だったから、商人を最下部に置いたと思うし、上位から下位までの区分けはそれなりに納得はできる。死に対するリスクが高い武家を上に置いてそれ以下を職業別に割り振っていく。分らんでもないです。然も一番下に置いたはずの商人が江戸後期には財力を付けて台頭し、金に困ってる武士に金を貸して商人>武士にまでなるケースも稀ではなくなっていくんで、生まれた時点の士農工商による身分差は、後で挽回できるようになっていくのであまり身分の差による悲壮感は感じられないですね。幕末に生まれた岩崎弥太郎が今の三菱を作ったってことを知らない人は少ないと思うけど、その頃には商人が天下を取る時代にまで変化していくので日本における身分の差はかなり曖昧です。

 

これに対して朝鮮は職業別の区分けというよりも、まず身分で区分けする。


これによって生まれた身分で


一生が決まってしまう。


両班(ヤンバン)⇒高位役人、商人、地主、田畑所有者
中人(チュンイン)⇒官僚
常人⇒農業、漁業、手工業従事者
賤人⇒僧侶、女官、妓生、医女、奴婢、白丁

 

身分の差に論理的な理由なく、ただ単に生まれた時の身分によりその後の人生が決まってしまう生き方は悲しいです。日本では最下位に置かれた商人は、向こうでは両班が占めていてお金は彼らが握っており、彼らが未来永劫楽して暮らすための身分制度になっていたというのは悲しすぎます。中人として生まれると教育はしっかり受けられるので物書きができるという理由から官僚や役所勤務に就くことが多かったらしいけど、両班との格差は非常に大きなものでした。ホジュンの中では内医官の試験を受けるために宿に泊まっていたけど、空き部屋がなくなった宿に両班が後からやってきて科挙の試験をうけるから中人のお前らどいてくれと言われるシーンがありましたがそんなことがまかり通ってしまうのか?とビックリでした。チャングムでスラッカンの最高尚宮をハン尚宮にした時でも、彼女は常人の出なので猛反対にあい随分と苦労。前任者のチョン尚宮は両班だったし、チェ尚宮は中人だからそれほど問題視されなかったけど、常人ごときが最高尚宮に居座るのはアカンみたいでしたね。中人、常人なら兎も角奴婢とか妓生まで落ちてしまうと人生の終わりって感じ。妓生から始まって側室⇒正室まで上り詰めたチョン・ナンジョンという例はあるけど彼女はそこまでの過程で何人もの殺戮を繰り返すという悪行の限りを尽くしたので後に毒殺されてる。賤民でありながらトンイは側室までいったけど結局皇后にはなれなかった。そのナンジョンに濡れ衣を着せられて海州の奴婢にされちまったオクニョの待ち受けた運命は官僚の夜の相手。機転を利かせてうまく立ち回ったけど奴婢とはそういう扱いなのかと恐ろしい。

 

ホジュンでも身分の差を乗り越えた結婚話が出てくるんですけど、主人公のホジュンは両班の郡守と妓生の母との間に生まれた子。この場合息子の身分はどうなるんだろうってことがさっぱり分からんのです。奥さんは両班の家に生まれたれっきとした貴族なのですが、父を失い家を飛び出してホジュンに会いに来た時点で両班を捨てたと言ってたけど、そんなに簡単に地位って変わるものなのか?どうかも謎。つまり身分の差はことのほか厳しいって事だけが大きくクローズアップされて視聴者の涙を誘うけど、どうなったら身分が変わるのか変わらんのかの説明がないからさっぱり分からんのですわ。


ホジュンの父⇒郡守、両班
ホジュンの母⇒賤民、妓生
この親子から生まれたホジュンはどういう身分になるのか?


多分両班ではない。両班なら物語中に低い身分で苦しい苦しいと言わないはずなので。


ホジュンの身分は多分両班ではないけど賤民かどうか?謎。
ホジュンの妻ダヒは両班の家に生まれたので多分両班


この二人が結婚したら、ホジュンは低い身分の者が高い身分の妻をめとることになるから不幸になると言うておるけれど、この場合何が不幸なのか謎。つまり身分制度に関しては、日本人が韓国ドラマを見たらさっぱり分らんことだらけだけど、ドラマでは常に身分の低さを嘆き悲しむシーンばかりが強調されるので、観てる人達はただ単に涙誘発だけを楽しんで鑑賞してるのかも知れません。多分誰もそんなこと考えてないんでしょうけど、私はドラマの進行よりもそっちの方が気になって仕方がない。この話は名医の息子ドジとホジュンが共に科挙の試験に合格して内医院を目指すという目的に向かって精進していくというのが大きな軸になってるんですけど、その先には御医になれば「身分」を回復できるという言葉にあるように、何らかの壁を突破すれば超明るい世界が待っとるがやって話。

 

ユ・ドジは中人⇒科挙に合格して内医院に入れれば両班らしい。

ホジュン身分謎⇒科挙合格して内医院に入って御医で両班らしい。


ユ・ウイテ⇒国1番の名医
ユ・ドジ⇒ウィテの息子
ホジュン⇒ウィテの医院に拾われて後破門
科挙⇒医術は科挙の中の雑科扱い
内医院⇒宮中の医局。チャングムが居た場所
御医⇒王様の主治医。つまり国で1人だけの狭きハードル

 

ドジは父親の名声のおかげで中人の割には富裕層だから内医院にさえ入れば気が済むかもしれへんけど、ホジュンはそうはいかん。内医院の給料なんてたかが知れてるし、それまでの貧乏暮らしを考えるとどうしても身分を変えられる地位まで上り詰めたいというのがこの作品の意図だと見えたけど、そもそも御医って


国内でひとりだけしかおらんからあまりにもハードルが高すぎると思う。

 

兎に角低い身分から、高い身分に行きたいというのがホジュン本人と、奥さんとお母さんのたっての願いという事で物語が進行していきますが、このように韓国ドラマでは身分制度に悩んでいる人がとても多く、低い身分の為に辛い思いをさせられる風を良く描きます。その方が視聴率取りやすいんでしょうけど、韓国人なら兎も角日本人にとっては理解しがたい身分の差をどう捉えるべきかいつも悩みます。従って今後見る韓国時代劇についても同様の問題が出てくるものと思われ、この制度に関する情報を何とかして手に入れないと本質が見えてこない。そんな感じです。  


日本の時代劇と   
韓国の時代劇   
  
1番の相違点は身分制度です。   
 


面白いを論理的に追及している。韓国ドラマも元々は脚本があるから。脚本に基づいて台本を作り、それを役者さんが声に出すわけだから、映像とはいうものの、元々は言葉です。イビョンフン監督がどうして面白い作品を連発してこれたのかは、ここまでオクニョ、チャングム、トンイを見てきて既に分かっています。前に私が解説したように、奈落の底から絶頂までの山の高さが高ければ高いほど面白い。それ故物語の前半柱となるのは決まって  


おしんですね。

 

徹頭徹尾、おしんおしんおしん。ここまで酷い仕打ちを受けなならんのかで涙と悔しさを誘い、後の絶頂を期待させる。時折り、お茶の間の人にも楽しみを与えるためにストレスを発散させるような「成功例」が登場し胸をスカッとさせるけど、しばらくしたらその成功の足を引っ張る人間が現れてグチャグチャにしてしまう。ここでまたお涙頂戴おしんおしんおしん。結局物語の後半まではずーっとおしんで最後の最後でやっと絶頂期を迎えるというのがイビョンフン監督のやり方。もう慣れたけど、初めてチャングムを見たときは涙なしでは見られなかった。チャングムが努力と才能で、新たな発見を繰り返すたびに嫌な奴が現れて潰してしまう。それと同じことがホジュンでも展開されますので、この作品はむしろチャングムよりも先に見るべきだったと思うし、ホジュンの続編がチャングムとしても良いでしょう。ホジュンで空前の視聴率63.7%を叩き出したイビョンフンの世界が、その次のチャングムで花開く。

※おしん⇒いじめに耐えて耐え忍ぶ姿。日本のドラマで小林綾子さんが熱演
※同情するなら金をくれは家なき子安達祐実。これもおしんに近い。


ホジュンは宮廷医官への道
チャングムは宮廷女官への道


何となく似てる匂いはします。

 

ロジック以外でもイビョンフンは共通したテーマがあります。ヒロインに超絶美人を抜擢します。

ホジュンのダヒ⇒ホン・チュンミン22歳
チャングム⇒イ・ヨンエ32歳
トンイ⇒ハン・ヒョジュ23歳
オクニョ⇒チン・セヨン22歳


イ・ヨンエさん以外は皆22、23歳というかなり若い年齢で抜擢しています。視聴者の評価はこのメンバーの好みである程度作品に対する順列が変わるんでしょうけど、まあこの4人は4人とも美人ですね。主役となる女優さんがメチャクチャ美人なんで、この人見たさにこの番組を見るという心理も上手くついており、これは言葉では表現できないマジックですが、彼の美的センスは的を射てると思うし素晴らしいですね。私もこの番組を見てる間はそれぞれのヒロインに恋してたし惹き寄せられましたから女性の主役を誰にするかというのは極めて重要と思いました。ホジュンだけが男が主役のドラマですけど、ドラマのかなり早い段階でホジュンとダヒは結婚したのでヒロインの良さは十分に堪能できるはず。そういうことでイビョンフン作品が大ヒットした要因は言葉だけではなくて映像にもこだわりがあったんですけど。


言葉⇒いじめ×耐える×成功…またいじめ
映像⇒ヒロインの顔と衣装の美しさ

 

大体このパターンで面白さの沼に入り込んでいくんで、日本人としては一旦沼に入るとそこから抜け出せなかった。

 

ここまでの視聴過程で、彼のやり方が分かってきたので私もそれにあやかろうとしてる。ドラマもパチンコビレッジもどちらも初っ端は文章の書き起こしだから真似できるところはあると思うんです。言葉だけで面白さを伝えるのは難しいのではなくてコツがある。そこに気づけばだれでもそれなりの文章になるだろうし、そこそこ面白いパチンコのブログは書けるんですよ。詰まらないブログしか書けん人間は未だに自慢話と取れ高に拘り過ぎ。見栄を捨てよ。実際そこそこ面白いブログは沢山読んできたけれど「そこそこ」でこの私が満足できるはずがない。まだまだこれからよ。

 

2013年 100%遊技した日に実践報告
2014年 エンターティメントを意識
2015年 エンターティメントに目覚める
2016年 替え歌を中心としたお笑い
2017年 替え歌に磨きをかける
2018年 エンターティメント性の完成時期
2019年 読者からのコメントが増加した時期
2020年 パチンコビレッジ投稿熱のピーク
2021年 熱の下り坂。不定期投稿開始
2022年 リアルタイム実践報告否定
2023年 店舗名完全隠匿時代突入

 

年単位で毎年少しずつ変えてきたんですけど、それを意識できたのかどうか?あとから振り返って過去ログ読めば、嗚呼そういうことかと分かると思うけど、リアルタイムに読んでくれていた人には分かり難かったかもしれへん。これからも書き方はどんどん変えていくつもりだけど、絶対に変わらないのは「店舗名は完全隠匿」ということ。これに関しては2013から2022年まで私が間違ごうておりました。今は多分何処で、何打ってるんかさっぱり分からんようになってると思うけど本来はそういうもんだと思う。店舗名が分かった方が読み手としては有難いと思ってたからヒント満載にしてたけど、そんな親切な記事を無料サイトで掲載する意味がない。
 

朝鮮半島のイラスト図と舞台になった場所

 

やっぱりイビョンフン監督の作品をずっと観てきて感じるのは日本に対する思いよりも、遥かに中国寄りだなあと思うこと。これは何もイビョンフンさんだけじゃない。韓国ドラマの全てが日本は遠いし、中国は近い。

 

韓国ドラマは中国寄り

 

朝鮮半島のイラストですが、韓国ドラマで登場する地名は大体が西海岸なんです。東海岸には釜山という有名な港があるけど、ドラマでは出てこないし東側の大きな街が舞台の中心になることがほぼない。なんでここまで西に偏るかなあと思うけど、東海岸ならすぐ九州の長崎とか福岡。なのに中国寄りの西海岸の街ばかりが物語の中心になります。


義州ウィジュ⇒トンイが大怪我した後運ばれた町
龍川ヨンチョン⇒ホッジュンが生まれた町
海州ヘジュ⇒オクニョが奴婢として飛ばされた町
漢陽:ハニャン⇒今のソウル。中国の漢陽じゃないっすよ
山陰サネム⇒ホジュンが暮らした町
済州島チェジュトウ⇒チャングムが流された島

 

チャングムが島流しの罰を受けてしばらく済州島に暮らしてた時、日本から倭寇が攻めてきて応戦したという描写があったけど、およそ日本と韓国の関係を示す時は、日本の人たちはほぼ「賊」として描かれるだけ。民族と民族の交流とか、文化の交流というものは殆ど描かれずにただ単に貿易相手とか敵とみなされるだけなので日本から何かを受け入れようとする姿勢はないんですね。



狂楽
歌舞伎
浮世絵
俳句
短歌・和歌


鎖国の影響強でしょうけど、交流は江戸時代だけじゃないんでね。室町までは貿易あったはずで当時本当に上記のような日本独自の文化が、朝鮮半島に一切伝わらなかったのか?と思うんですが、どの時代の時代劇を見ても日本の文化が朝鮮半島で流行したってのは一切ないけど、中国の三国志の教えとか偉人が残した言葉は何回も出てくるし、李白、杜甫の歌は、朝鮮人にとってメチャクチャ影響受けてるけれど、日本の有名人が残した言葉は絶対に描かれない不思議です。もしかしたら本当に日本固有の文化が朝鮮半島に入っていかんかったんかとも思うけど、ゼロってことはない思うんでね。中国の有名な教えとか詩は李氏朝鮮の習い事では必須科目なのに対して、日本で生まれた著名な教えとか詩はゼロ。絶対松尾芭蕉の俳句は知ってたと思うんやけど、日本語とハングル語とでは調が全然異なるから俳句は難しいのかもしれん。

 

ということで文化に対しても
中国寄り

 

何から何まで日本⇒遠い。中国⇒近いという構成になってるのはやっぱり慶長の悪事が影響してるんやろけど、当時の朝鮮半島は中国よりも日本の方が脅威に感じてたってのは何となく分かってたから仕方ないっちゃ仕方ない。第26代高宗の頃この辺一帯には


(1)ロシア
(2)中国
(3)日本
(4)ヨーロッパ列強国


日本の江戸時代が終焉してからは、近隣大国と日本と列強国との激しい覇権争いが繰り広げられ、李氏朝鮮は自分では制御できなくなっていき、(1)から(4)の勝者に従属するのがイネビタブルでした。

 

1894年に日清戦争が勃発してアヘンで日本が清を陥れます。
同下関条約で清が李氏朝鮮から手を引きます。


1897年高宗王朝の途中で朝鮮⇒大韓帝国として生まれ変わります。


1904年に日露戦争で日本がロシアのバルチック艦隊を撃破します。
同ポーツマス条約で大韓帝国に対する日本の優先権をロシアが認め、他の列強国もそれに意を挟まないことが決定。


・ 
1910年ハルビンでの伊藤博文暗殺事件 
安重根 
同1910年日本が韓国を併合。日韓併合です。

 

ロシア、中国、列強各国の圧力を封じ込め、日本が徐々に朝鮮半島を支配するようになり日韓併合してからの35年間が両国にとっての魔の時代だったと思いますが、それ故今も尚影響してると思うし、韓国ドラマでは常に


日本に対しては⇒遠い存在 
中国に対しては⇒近い存在

 

こんな関係になってるのは仕方ないでしょうね。日本と朝鮮半島は昔から根は深いです。ただそういうことが事実だとしても韓国ドラマが面白いのは間違いないし、良い作品に仕上がってます。その中でも特にイビョンフン監督作品は素晴らしいのが多いけど、今回のホジュンを踏まえて順列を付けるとすると

 

1位⇒チャングムの誓い
2位⇒ホジュン
3位⇒オクニョ
4位⇒トンイ


この順列で間違いなし。チャングムの優位は変わらずですが、ホジュンは2位ですね。

 

結局私はこういうのが好きみたい。戦いを好むのではなくて開発チック。チャングムを評価したのは、彼女が次から次へと自身の才能と努力で新しい発見や発明を繰り返して皆を驚かせたから。他の人にできない能力は地位や権力ではなくて、ものを考える力。なので商品を開発するという私の立場からするとオクニョとかトンイよりもチャングム、ホジュンが上に来る。イサン、朱蒙その他皆が良い良いという韓国ドラマも観てきたけれど、結局こういうのは恋愛か権力争いというのが定番。なので不滅の恋人、カンテク、王女ピョンガンそれなりに良かったけれどそれなり止まり。最近では 奇皇后も観ましたけど恋愛と権力争いですね。

 

恋愛と権力は⇒ベタと凡人発想に如かず


チャングム、ホジュンが私の好みです。

 

韓国ドラマは実に面白いですが、その理屈が分かってきたのでこれをパチンコビレッジの原稿書きに活かせないかと思ってます。イビョンフン監督にできて俺にできんことはないやろと思うけどホジュン以下、馬医、サンド、ソドンヨまで代表作8作品を完結して、彼が作り上げた「面白さのロジック」を完全コピー。記事にする以上楽しくなければ意味がないし、面白くなければ意味がない。為になるというテーマでは既に役割を終えた。無料サイトでの限界にトライしてやれるべきことはもう完結したと思う。これまでの私の記事を読んで勝てないユーザーは一生勝てんし、そんな輩の面倒見る時代はもう終わった。ただしそれ以外の面で貢献することは可能也。

 

恋愛と権力はもうええて

勝ち自慢と取れ高はもうええて 
 

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